造られたレール
ゴールデンウィークが明け、学校は間もなく中間試験。推薦組にとっては大切な試験で、緊張感のある空気感が漂っていた。
「そういえばさ、進路調査、書いた?」
六限の教室から移動して教室に戻る途中、弥生が話題を振ってきた。
「あー、なんかクラスウェブで配信されてたやつ?」
「そうそう。私、大学か専門か迷っててさ」
「私は専門かなー、美容師目指したいし」
二人の発言に、恵那の鼓動は心なしか整わずにいた。
「恵那は?」
話が回ってきて、恵那は少し拍子抜けしてしまった。
「えーっと......私も専門とかかなー」
つい、いつもの癖でみんなと同じ答えを出す。ひとまずそれで場を流したが、恵那の心の焦りは、その答えに添えた苦笑いに滲んでいた。
教室について帰りの支度をしていると、しばらくして香坂が入ってきた。香坂は荷物を置くなり手紙を回し始める。恵那の元にも回ってきたので目を通すと、ちょうど香坂が話し始めた。
「明日から私が、三年九組の担任になります」
えっ、今なんて......。恵那が顔を上げたのと同時に、美咲や生も同じ反応を示した。今までは鈴木という無害な担任で好きにやってきたが、この香坂という新人教師はまだ素性が読めていない。一か月が経ったとはいえ、数学の授業以外、目立った絡みもなかった。
号令の後、さっさと帰り支度を済ませ、恵那はいつも通り美咲たちと帰路に着いていた。
「香坂って、なんか胡散臭い感じするよね」
「んねー、新人だし、ルールとかちゃんと守らせてきそう」
「それなー」
とりあえず同調する。正直、恵那の頭の中は朝から囚われてた。とはいえ、話についていけなくなるわけにもいかない。
「......よくない? ね、恵那もさ」
「うんー、それな」
「おっけー、じゃあけってい」
決定? 恵那は気づいたら、何かに同意してしまっていた。
「じゃあカラオケとか行っちゃう?」
「え、アリアリ。よく考えたらうちら全然行ったことないもんね」
カラオケ......付き合いで何度か行ったことあるが、恵那はそこまで歌うのが好きではなかった。考えなければいけないこともあるし、気は乗らない。
「......っと」
「ん、恵那どうした?」
恵那が顔を上げると、美咲と弥生と視線が合う。この視線、この空気。恵那は知っていた。
※※※
「今から遊ばない?」
「え、今から?」
恵那は夜ご飯も食べた後で、これからお風呂に入ろとしていたところ。通知が鳴り、マンションの窓から外を見下ろすと、エントランス付近に知っている顔がいた。彼女らは恵那を見つけては、下へ降りてこいと手招きする。
「晴夏が英斗と話しててさ、そしたら今からファミレス行かない? ってなって」
恵那が属していたクラスのグループのメンバーが勢ぞろいしている。玲奈、晴夏、美月、そして英斗と大悟の男子二人もいた。皆、クラスで一軍といわれる部類の者たち。
「えーっと......」
恵那が察するに、晴夏が英斗にアプローチする機会を作りたいのだろう。やんわり断りたかったが、向こうに譲る気はない。それに、今まで断ってこなかったので、上手く断る方法を恵那は知らなかった。
「えー、いいじゃん行こうよー」
「私はちょっと......」
その瞬間、空気の色が変わったのが肌で分かった。顔を上げると、エントランスの光に照らされた彼女らの視線が冷えている。
「え、来ないの?」
「恵那、ノリ悪いね」
彼女らはその言葉を乱暴に捨てて、夜の闇に消えた。空気が冷たい、視線は痛かった。そして、この次の日から、自分の居場所がなくなっていた。
※※※
属するものの空気に反するとはそういうことだ。私はキラキラの学生でいたい。だから、それにふさわしい集団に属して、身を委ねている。そうでもしないと......あんな経験、もう二度としたくない。断れるわけない。だって......。
――私は、私の道なんて造れないから。
いつも肯定する優しさ、おもしろノリの良さ、カースト上位にふさわしい身だしなみ。居場所を求めて、いつも寄り添ってきた。もう嫌われたくない。もう見失いたくない。だから必死に、ついてきた。そうしたらいつの間にか、自分の道を造る力など、無くなっていた。
「いや、なんにもない。行こ」
「恵那は優しいよね、いつもうちらに合わせてくれてさ」
「マジ最高だよ」
これでいい。笑って、可愛くして、依存して。反対意見などない私は優しいと思ってもらえている。これが私の居場所の造り方。
もう間もなく、レールが途切れることを頭の片隅では知りながら、己のない私の行く末から目を背けた。そうして今身を委ねられる船に乗って、恵那はカラオケに向かった。




