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キラキラ

 小学生の頃から嫌いな課題があった。図工や美術の時間に問われる「自分らしさ」――そんなものなどないと思っていた。でも、なりたい自分はあって、その世界はキラキラしている。意志などいない、その世界で生きるのが私だった。


「おはよー」


「弥生おはよー、えってかカラコン変えた?」


「え? わかる?」


「美咲も前髪いつもと違くない?」


「え、気づいてくれた? 1ミリ切ったんだよね」


「さすが恵那、よく見てるわ」


 いつもと変わりのない朝の会話。女子高生という特別な三年間、キラキラして生きるにはそのような人のグループに入るのが必須。美咲や弥生はまさに恵那が思い描く人たちだった。


 新学期となり学年もいよいよ最高学年。クラス替えも勿論あったが、今年は見事に三人とも同じ九組に入った。三人で九組の教室を目指し歩く。すると、後ろから嫌な声が飛んできた。


「おい、お前ら! ちょっとこっち来い」


 三人で「またか......」とぼやきながら振り返ると、生徒指導の担当の熊坂が仁王立ちで構えていた。


「お前、髪の毛染めてないか」


 美咲は一つため息をして「地毛です」と対抗した。


「それにお前ら、化粧してるだろ。何回言ったらわかるんだ。今すぐトイレで落としてこい!」


 朝から怒声を浴びたが、別に初めてのことではない。三人は熊坂を睨みつつ、身を翻して教室へと歩き出した。


「もうなんか慣れてきたよね」


「ほんとに。ってかあいつもよく気づくよね」


「娘いるからじゃね?」


「うわ、そっか。それで学んでんだ」


 美咲と弥生は先ほどの指導を笑い飛ばした。もはや何を指導されても刺さらない。私たちはキラキラしている、それだけで無敵だった。恵那も二人に合わせて笑った。


「えてかさ、うちらの担任誰だろうね。どうしよ、熊坂だったら」


「いやさすがにないんじゃない? 鈴木とかは?」


「うわ、鈴木だったらなんも言ってこないから楽だわ」


「それなー」


 そんな会話しながら教室に入ると、もうかなりの人が揃っていた。男子の集団を横目に恵那は席へ向かうと、すぐに始業のチャイムが鳴った。しばらくすると、担任が各教室へ入って行く。そして九組もまた、教師が一人入ってきた。


(うわ、マジで鈴木だ)


「はい、ごきげんよう」


 鈴木は恵那の一年の時の担任だった。何を考えているのかいまいち読めない鈴木は生徒との距離感も遠めで、あまり干渉してこない。化粧などの校則がかなり形骸化しているうえに、そのような経緯もあって、彼が担任なのは楽だった。


「それから......」


 鈴木の話を適当に聞き流してると、鈴木は予想していない展開に走り出した。恵那も思わず、皆の注目の先と同じ方へ顔を上げる。そこには見知らぬ女の顔があった。


「香坂樹里と申します! えっと......」


 なんだ、新人か。恵那は厄介そうな教師ではないと判断し、また興味のスイッチを消した。






 帰りのホームルームと清掃が終わり、恵那たちは帰路に着く。三人は写真部の幽霊部員なので、放課後は自由だった。


「えー、今日プリ撮りに行く?」


「え、ありじゃね?」


 美咲と弥生はもうその気だ。恵那も特にこの後の予定はない。


「恵那は?」


「私も行くよ」


 私が持ってる答えは一つだけ。流れに身を任せる。そこに自分の意志など必要なかった。


「ってか、そのままご飯食べるのもアリじゃない?」


「え、アリじゃん。恵那はー?」


 恵那は頭の片隅で朝の会話を振り返る。




「恵那、今日夜ご飯は?」


「家で食べるよー」


「そっか、じゃあ恵那が好きなグラタンつくろっかな」


「ほんとに? 嬉しい」




 母の楽しそうにしている笑顔は過る。しかし、その記憶は奥にしまって、見ないことにした。


「いいよー、食べる」


 私が求めたこのキラキラを守る。そのためには波風を立てない。それが「優しさ」だと思っていた。


「やったー! いこいこ!」


「美咲何それ」


「え、知らないの? 最近ショート動画で流行ってるやつ」


 三人で笑って、おしゃれして、今しかできない可愛い学生生活を送る。そう決めたんだ。あの日から。


 恵那は母親にメッセージを送り、美咲と弥生の会話に混ざった。








「ただいまー」


 玄関の戸を開けると、母親がリビングから顔を出す。


「おかえりー」


 恵那がリビングに入ると、テーブルの上に手紙が一枚置いてあった。


「あー、そうそう。これ、学校から配信されてたやつ。今度の三者面談で使うから書いときなさいだって」


 恵那はざっと紙に目を通す。進路希望、キャリアについて今考えていることなど、いくつかの質問に答える欄が設けられていた。


「パパもママも恵那のやりたいことなら何でも応援するから、好きに書きなよ」


「わかったー」


 篠原家では、恵那はお姫様だった。兄は一人いるが、年が離れているうえに親戚の中でも唯一の女の子だったので、随分と可愛がられて育ってきた。やりたいことはやらせてもらえて、欲しいものは買ってもらえた。


 自分の部屋に入り、机に座ってその紙とにらめっこする。ペンを持って書いてみようともしてみた。しかし、書けなかった。


(やりたいこと......自分の道......)


 中学校までは義務教育。高校も何となく進む以外の選択肢など見当もつかずに進学した。でも、この先のレールはいよいよ数多に分かれる。しかし、いざその岐路に立てば、何もその先が見えなかった。


「はぁ......」


 大学に行って、就職して、結婚して......。何となくあるイメージも、きっとドラマやアニメで見たもので、誰かの作ったもの。結局自分は、何も自分で選んでない。だって、今までそうしてこなかったから。


 ペンを持つ手が進みそうにないので、恵那は諦めてデスクのライトを消した。

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