あの日の続き
久しぶりに乗る電車には、懐かしい記憶が宿っていた。下りの電車なので人はまばらで、アナウンスも都会の電子的な音ではなく、人の声だ。シートも少し硬い気がする。でもそれが、自分たちの三年間だった。
「陽川ー、陽川ー、ご乗車ありがとうございます」
10年経って、過疎はより深刻になったように感じる。駅前は比較的栄えているとはいえ、かつてあった商店などは、すでに開かずのシャッターで閉ざされていた。
駅から高校までの道のりを隼人は当時よりもゆっくりと歩いた。三年間、特に意識せずに見ていた光景も、久しぶりに見ると、色々と発見がある。
「えーっと、集まる場所は……」
集合場所は、水平線の見える丘。つまり、学校の裏の公園の一角だ。
「うわ、懐かしいな」
工場を曲がって目に入ったのは、母校の学び舎。コンクリートが経年劣化で少し汚れているのが懐かしい。それでも配置は変わらないので、一度見れば、三年間の記憶が自然と蘇ってきた。今日はアポ取りをしていないので、校舎に入ることはできない。少し残念でもあったが、隼人は先を急いだ。
隼人は公園の広場の横から階段を登り、雑木林を抜けた。目の前の視界が開け、その先に海が見える。そして遠くに一本の水平線がほんの少し丸みを帯びて、伸びていた。
その時、後ろからどっと重しがのしかかった。隼人は驚いて振り返ると、そこには見慣れた顔がいた。
「よ! 隼人、久しぶり!」
相変わらず、くしゃっと目を柔らかくさせて笑った。髪型は当然、当時とは違うので見た目の雰囲気も違うが、ふとした時の表情や、人懐っこく絡んでくる陽気な人柄など、根本的なところは変わっていないようだった。
「昴かぁ、びっくりしたー」
それから二人は、ベンチに腰掛けた。海風がそのまま頬を撫でる。三月とはいえ、風が吹けばまだ肌寒かった。隼人は身震いする昴に、早速、早く呼んだ理由を尋ねた。
「それで、続きってなに?」
昴は「そうそう」と言って笑顔をすっと消し、真剣に当時のことを思い返して話した。
「あの時は、いろんな嘘かどうかも分からない噂が飛び交ってて、隼人の本当の気持ちも分からなくのに、自分の中で勝手に、隼人はそうじゃないって否定してた。これじゃあ、他の噂してる奴らとあんまり変わらないじゃんって思って」
海の方を見ながら、昴は続けた。
「それで、実際に自分の耳で聞いて、そしてその後に隼人の気持ちも知った。当時は俺も理解が少なかったというか、何となく他人事な感じがしてたから、驚いたし、『ありがとう』って一言で済ませてしまったんだけど。あれから、色々考えて、隼人のおかげで自分にも向き合えた」
「なるほどね」
「俺はやっぱり、ストレートだし、今付き合ってる彼女に今度プロポーズするつもりなんだ。だから......隼人の気持ちには応えられなかったけど、でもこれだけは確かに言える。隼人の気持ちを聞いて嫌には思わなかった。純粋に嬉しかったんだ。今までも、これからも、俺の大切な友達だし、隼人の選択を応援したいと思ってる」
昴が隼人の方を向いたので、二人は目が合った。10年前、帰り道にほとんど同じ画角で、彼の顔を見ていた。改めて目が合うと、どこか照れくさく、一瞬で隼人は目を逸らしてしまった。それを見て、昴は噴き出して笑った。
「あれは、二人だけの秘密だな」
「だな」
昴は隼人の肩に腕を回して、二人で笑った。
隼人はかつての昴への気持ちを大切に、心のアルバムにしまった。二人だけの秘密。あの時の決断と、あの時の自分の気持ちを無かったことにはしない。いつか、その思い出も引っ張り出して、懐かしいと笑えるように、大事にしまっておこう。隼人は、あの日の続きを昴から聞けた喜びを胸に、しばらく海風に吹かれた。
隼人は時計を見ると、午後五時を回るところで、そろそろ集まりだす頃だった。
「いやー、でも約束覚えてる奴、どのくらいいるんだろうな」
「もしかして、俺たちだけだったりして......」
「いや、樹里ちゃんが来なかったら意味ないだろ」
すると、遠くから草を踏み分ける音が聞こえて、二人は後ろを振り返った。
「お、来たんじゃね?」
「おお! 久しぶりじゃん!」
ベージュのロングコートに身を包み、セミロングの紙にウェーブをかけて肩に下ろしている。彼女の後ろには、これもまた見覚えのある女性が二人、和気あいあいと会話をしながら、続いて来た。
「藤代! 日高! やっぱり二人は来てたかー!」
明るい調子で手を振ったのは、三年九組一八番、篠原恵那だった。




