水平線が見える丘で
隼人の目の前に、鮮やかなオレンジ色のナポリタンが運ばれてきた。やはり、この色と匂いは、食欲をそそる。
「だからさ、間違ってなんかないんだよ。俺たち」
こうすけは、ナポリタンを頬張って、口をもぐもぐさせながらも、また一筋涙を零した。
「辛くなったら、嘘をついたっていい。全部に正直になって苦しむなら、自分を愛せる嘘をつけばいい。その嘘はきっと、誰も傷つけたりしないからさ」
隼人はこの数年間で体感したことの全てを込めた。周りと違う、それでも繕って生きる。でも、心の中では本当の自分を信じてるから、だから、嘘をつける。
「隼人くん、ありがとう」
それから、隼人とこうすけはたわいもない会話をしながら、鮮やかなナポリタンを思い思いに食した。きっとこの味も、忘れない味になる。彼らが全て平らげた頃には、もうカフェを出る時間になっていた。
「それじゃあ、俺行くね。こうすけも、頑張って」
「うん。今日はありがとう」
こうすけは大きな瞳を緩め、ニコッと笑った。隼人はその顔をしっかりと見て安心し、そしてカフェを後にした。
会議が終わり、隼人は会議場所の最寄り駅のホームに並んだ。昼間、あの頃を振り返って懐かしくなり、気づけばカメラロールで当時の写真を見返していた。
文化祭、体育祭、部活、ありふれた日常の一枚まで......。陽川高校での三年間、殊に最後の一年は、今でも心に残っていて、昨日のことように感じる。隼人はスマホをスクロールして、卒業の日に撮った集合写真を見つけた。
(みんな、今、どうしてるんだろう......)
成人式の日に、高校の同窓会が無かったので、あれから十年経つ。隼人もこの十年で色々あった。それでも、今、自分は胸を張って生きている。自分の中では本当の自分を認めて、周りから見られる自分は、「できるだけ嘘が無いように」して。完璧じゃなくていい、嘘があったっていい。そんな自分が好きになれるように、生きている。それも全部、教えてくれたのは……。
隼人は写真を拡大して、一人の顔を見た。香坂先生。あなたの出会いが、三年九組の一年間を明らかに変えてくれた。
「そういえば......」
卒業式の写真を見たことで、隼人はとあることを思い出した。帰る足を早めて、家に着くなり、クローゼットの奥からアルバムを取り出した。アルバムをめくり、懐かしい思い出が溢れ出る中、最後の寄せ書きのページで隼人は手を止めた。それぞれの字で思い思いに書かれたメッセージを見て、隼人の記憶のフィルムが巻き戻る。
「よしできた、隼人ありがとうな! ほんとに」
「こちらこそ、ありがとうね、しんちゃん」
「あ! 先生のアルバムにも書こうぜ!」
「えー、いいよ私は……」
「そんなこと言わずにさー、ん-、どうしよっかなぁ」
「昴早くしろよー」
「あ、じゃあ俺先に書いてもいい?」
「何書くの?」
「......できた」
――10年後、水平線の見える丘で! また会いましょう!
「おお! なんか映画みたいじゃん! 隼人ナイス!」
「集まりましょうね、先生!」
そうだ、10年後の約束。カレンダーを見て、その日が来週であることに気づいた。その日は土曜日でちょうど仕事も休みだ。
隼人はスマホを手にし、メッセージアプリを開いた。それから少しスクロールして、しばらく開いていなかったトーク画面を開いた。
(久しぶり、元気?)
彼にメッセージを送るのは成人式ぶり。隼人はトーク画面を少し遡って、懐かしい記憶に浸った。明日の宿題の連絡、飯に行く約束、そして......。数年ぶりに目にしたメッセージに、隼人は指を止めた。
――昴、俺は昴のことが好きかもしれない。
その時、バイブレーションとともに画面が変わり、昴から着信があった。隼人は久しぶりに話すことに少し緊張しながらも、画面をスワイプして応答した。
「もしもし? 隼人?」
「お、おう。昴」
耳に届くその声は10年後も変わらなかった。優しくて、透き通ったその音は、隼人の胸を躍らせる。
「突然電話なんてどうした?」
「んー、何となく喋りたかったから」
隼人は今の言葉が耳に入るなりすぐに思い出した。前にも言われたこの言葉。やっぱり昴は昴だった。いつの間にか緊張も解け、それから数十分、あの頃に戻ったように障りなく話してしまった。
「そういえばさ、昴。卒業式にした約束、覚えてるか?」
「あー、なんかした気がする。10年後に集まろうみたいな......10年後、10年後?」
「ははは、そう、10年後。今年なんだよ。来週の土曜」
「うわ、ほんとじゃん! あっぶねぇ、忘れかけてた。予定ないし、行けそうかも」
「お、良かった」
「そっかーそしたらさ、ちょっと早く来てよ。話したいことあるんだ」
話したいこと? 昴がもったいぶって話すことは、大体、大した話では無かったりする。
「え、何急に。まあいいけど」
「あの続きを伝えたくてね」
プツンと通話が途切れ、耳に余韻を残しながら、隼人はスマホの画面を眺めた。隼人の見た当時のトーク画面。隼人の真実の告白に、昴は......。
――ありがとう。
昴はそれから何も言わなかった。隼人も答えが欲しいわけではなかったので、それでよかった。
(続き......か......)
隼人はスマホを閉じて、風呂へ向かった。




