第8章 賈龔、長男を得る
白英との婚儀を終えてから一年が経過した。
ほとんど家に戻ってこない賈龔であったが、夫婦仲は非常に良く、何の問題もない。
そろそろ跡継ぎを、と周りが意識し出したとき、白英から話がある、と言われた。
珍しいことなので賈龔が居住まいを正して聞く姿勢をとった。白英が言う。
「旦那様。子ができました。」
「なんと、そうか、そうか。」
賈龔は妻の告白に、不覚にも、涙を流して喜びを露わにした。そんな姿を白英は微笑ましく思った。
賈龔は白英を優しく抱き寄せていった。
「よくやってくれた。本当にありがとう。」
「ふふふ。まだ、子を宿したに過ぎませぬ。無事生まれたら、その時また、褒めてください。」
「もちろんだ。」
「男子であればいいのですが。」
「確かに跡取りの男子は欲しい。しかし、女子でも一向に構わぬ。いずれにしても、大切な俺とお前の子供だ。」
白英はこういう賈龔を本当に好きであった。
→数カ月度→
軍営にいる賈龔の下に、静が駆け込んできた。
「旦那さま、間もなくお生まれになります!」
賈龔は、王武の方を振り返った。王武が言う。
「あとは俺達に任せてくれ!将軍、早く行ってくれ!」
賈龔は先行する静を追い抜いて、自宅にたどり着いた。
その瞬間、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
とてつもなく、大きな泣き声である。
奥から礼が出てきた。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。」
賈龔は、白英と我が子のところにそのまま向かおうとすると、礼に叱られる。
「旦那様、軍営のお姿でお会いになるつもりですが。こちらで手足を洗って、お着替えください。」
賈龔は言われるがままに身を清め、着替えた。
待望の母子との対面である。
横になっている白英の枕元に、我が子がいた。
白英は賈龔が来たので起き上がろうとしたが、賈龔はそれを制し、言った。
「白英よ、よくやってくれた。本当に、本当にありがとう。」
白英は微笑を返して言う。
「元気な男の子ですよ。さあ、名前を付けてあげてください。」
賈龔はかなり前から、男子ならこれ、女子ならこれ、と名前を決めていた。白英には敢えて言っていなかったので、気に入ってもらえるかどうか、少し心配であったが、言う。
「この子の名前は“詡”にしようと思う。言葉を、文を重んじて、この世に羽ばたき、名を残してほしい。」
「“詡”ですか。武に重きを置く旦那様らしからぬ名づけですね。でも、いいと思います。」
「うむ。私は武に重きを置いて生きてきたが、文を疎かにしたつもりはない。我が子には、文を重んじ、武を疎かにしない子に育ってほしい。」
「旦那様のお子です。きっと、そうなりますわ。」
こうして西暦一四七年(建和元年)初春、後に乱世を縦横無尽に渡り歩き、歴史に名を刻むことになる大軍師、賈詡文和が生まれたのである。