第6章 賈龔、静を家宰に任ずる
賈龔は十日ぶりの非番で自宅に戻った。
主人の帰宅を妻の白英が恭しく迎える。
まずは湯浴みをした。
その間に酒食が用意され、久々に白英と歓談して過ごした。
賈龔が言う。
「英よ。お前とともにこちらに参った、静と礼という夫婦は如何なる者なのだ。」
「静も礼も、異民族に親族を殺され、我が家で子供の頃から養っていた者たちです。齢はともに二十歳ということになっております。」
「そうか。何故、読み書きができるのか。」
「父、白理の方針です。白家で働く者は、全員、読み書きを習得しております。」
「それは素晴らしい。流石は、義父殿だ。」
「静は特に優秀でした。まあ、師が私でありましたから。」
白英は笑いながら言う。
「そうか。どうであろう、静を我が家の家宰にしたい、と思うが。」
「よろしいかと思います。きっと父も、そのつもりで静と礼を私に付けたものと思います。」
「そうか。ところで、あの二人の姓は?」
「わかりませぬ。故に、父は二人に白の姓を名乗ることを許したのですが、恐れ多いと辞退をされました。」
「なるほど。では、しばらくはそのままに。そして、いずれは賈の姓を授けよう。断りはさせぬ。」
賈龔は笑いながら言った。
ほどなくして、白英が静と礼を連れてきた。
二人とも、平身低頭である。
賈龔が言う。
「静、礼。そんなに畏まらないでくれ。静には我が家の家宰を、礼にはそれを支えてほしい。」
二人は顔を見合わせた。
何故、その様な話になったのか、見当がつかないのである。
賈龔は言う。
「突然の話に驚いているのであろう、無理もない。正直言えば、お前たち二人は、白英の身の回りの世話をするために白理殿がつけてくれた者と思い、特段気には留めていなかった。しかし、わが隊の者たちに文字を教える姿を見て、その教え方や誠実な人柄には感銘を受けた。」
賈龔は続ける。
「以前、わが家にも当然家宰はいた。黄栄というのだが、私がお願いして、兗州にある賈家代々の墓を守る仕事についてもらっている関係で、こちらには伴わなかった。」
更に続ける。
「そしてその黄栄が家宰を決めるときには、その人間が誠実であるかどうか、それこそが重要、と教えてくれたのだ。そして、俺は静と礼、お前たち二人にそれを感じたのだ。どうか、わが願いを聞き入れてくれ。」
静も礼も言葉を発しない。白英が言う。
「静、礼。私もあなた方が家宰としてこの家を支えてもらいたい。わが父も、そのつもりでこちらに寄こしたのですよ。」
静が言う。
「旦那様が、ですか。」
「ええ。我が夫であれば、静も礼も悪いようにはすまい、とお考えだったはずですわ。そうでなければ、貴重な家人であったお前たちを、こちらに出すことはなかったはず。」
「・・・。わかりました。誠心誠意、務めさせて頂きます。至らぬ点があれば、罰してください。我ら二人、命を賭すことを誓います。」
静と礼は、拝礼した。
こうして、齢二十歳の若い家宰が賈家に誕生した。そしてこの若い家宰が、後に息子の賈詡に大いに尽くす中心として大活躍をするのだが、それは先の話となる。