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流浪の軍師ー三国志・賈詡文和伝ー  作者: 涼風隼人


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第50章(最終章) 賈詡、天寿を全うする

 西暦二百二十三年(黄初四年)、賈詡は病床についた。

 

 今まで、休まずに走り続けてきた疲労が一気に出た、という感じであった。

 人々には、「流浪の軍師」と呼ばれているのを知っている。

 

 ここまで次々と、仕える相手を変えて生き残ってきた軍師というのも、おそらくおるまい。

 しかし、「自らの欲望を満たすために生きてきたわけではない」、という自負はある。

 

 誰もが認めてくれなくても、手段が間違えていたとしても、結果として、人々が平穏に安全に暮らせる世の中をつくりたかった。

 

 色々な君主に仕えた。

 

 父の賈龔は、最後まで涼州総督として人民の為に戦った。中央行きの栄転も拒否し、死ぬまで涼州の為に戦った。わが父ながら、素晴らしい人であった。


 董卓は、晩年は穢れたが、若きときは豪快で愉快な男であった。もし、もっと早く自分が軍師としてついていたなら、と何度も思った。良くも悪くも、歴史を動かすだけの器と力を持っていた人物であることは間違いない。


 牛輔は、董卓の後継者としての器としては小さい、と感じていたが、粗々しい人材が多い董卓陣営においては、人間的な優しさは持つ稀有な人材であったと言ってよい。ただ、生き残るだけの度量と運に欠けていた。

 

 李傕・郭汜は心を通わすことが出来なかった。だから、自分自身、何もすることが出来なかった。長安での闘争を止められず、献帝に苦しい思いをさせた。自分の力不足を感じた。

 

 段煨はともに黄門郎を務めた同僚であった。しかし、その関係を越すことが出来なかった。友情という感情はお互いあったろうが、それを越した関係を生み出すことは出来なかった。結局、自分への畏怖という負の感情を段煨には抱かせてしまったのは残念である。


 張繡は、段煨の下でどうするべきか悩んでいる自分に声を掛けてくれた。そして、自分の提言を信用して、ほとんどを採用してくれた。言葉の少ない人であったが、共に曹操軍に降り、一方面の将軍として活躍して亡くなられた。もし、張繡と二人でもっと頑張ったならば、少なくとも一州、二州を押さえる群雄の一画には食い込めたろう、と考えなくもなかった。それくらい、優秀な人物であった。


 そして、曹操。私の「流浪」を終わらせた人物である。

 人物ではなく、「怪物」と言ったほうが正しいかもしれない。

 特に曹操の人間性、才覚、行動力というのは図抜けたものがあり、他の追従を許さなかった。

 この戦いの歴史は正史として刻まれるであろうが、曹操がその一番にふさわしい。

 曹操ほど自ら先頭に立って動き、人材を活用し、覇道をまっすぐに進んだ者はいないのではないであろうか。

 確かに、「天下統一」とはならなかった。

 もし、「赤壁の戦い」の開戦をあと二、三年、最低一年でもいいから遅らせてさえくれていれば、「天下統一」を為す、もしくは更に近い所に自ら進むことが出来たであろう。

 軍師として、最も自分が恥じ入るところである。

 

 そして、その息子である曹丕。

 曹丕が文帝になってからの冷静沈着さは、その点において父の曹操をも上回るものを持っている可能性を感じる。しかし、その器は父である曹操を越すことはできまい。それを自ら認めて、どう生きるか、その器の小ささを他人を使って埋めることが出来るかどうか、が課題であると思う。

 

 床に就きながら、自分の仕えてきた人たちのことを色々と思い出していた。

 自分が導くことが出来た人も、できなかった人もいる。

「後悔が無い」と言いたいが、「後悔しかない」と言った方が正しいであろう。

 「もし、あの時こうしていたなら。」

 そんな思いは、たくさんある。

 

 しかし、自分なりに生き抜いた、生き切ったことには自信がある。

 自分の言葉を武器にして、羽ばたけるところまで羽ばたいてきたつもりである。

 あとは、後進に託そう。魏には優秀な人材がたくさんいる。

 そして、その「人材」には我が子もいるのだ。


 賈穆四十二歳、賈訪四十一歳。

 長男の賈穆は、尚書朗から駙馬都尉、関内侯へと栄転していた。我が子ながら、優秀であった。

 しかし、次男の賈訪はこちらが言うことはわかるのだが、言葉がしゃべれなかった。ただ、その分、文章の作成などの能力は素晴らしく、兄の仕事の手伝いをして暮らしていた。

 賈詡の妻の陳春は既に亡くなっている。

 

 賈詡は病床に二人の息子を呼んで言った。

 「父からの遺言である。お前たち二人は、これからも協力し、助け合い、生きよ。そして、必要以上に目立つ交友関係や仕事はしてはならん。決して、目立ちすぎていいことは無いのだ。そして、自分の名に恥じぬよう、生きてくれ。」

 二人は、涙ながらに頷いた。

 賈穆は、何か聞こうと思ったが、既に賈詡の意識は無くなっていた。

 賈詡らしい、無駄のない、欲のない遺言であった。

 

 享年七十七歳。

 稀代の「流浪の軍師」賈詡は、静かに息を引き取った。

 本当に彼らしい、静かな死に際であった。


■おわりに

 「賈詡が主人公の小説が読みたい。」

 かなり前からの、私の願望でした。

 しかし、なかなか見当たらない。

 「だったら、思い切って書いてみよう」と思ったのが、本作の執筆の始まりです。

 そしてもし、書くことが出来たら、その題名は

 「流浪の軍師」にしよう、ということは、かなり前から決めていました。

 とりあえずは、書いてみました。

 そういうレベルの作品です。

 もし、一人でも読了していただけたなら、それだけで嬉しいです。 

 お付き合いしてくれた方々、本当にありがとうございます。

                                涼風 隼人

■参考文献

・歴史群像シリーズ⑰三国志上巻(学研)

・三国志の英傑 曹操伝 守屋洋(総合法令)

・世界史劇場 正史三國志 神野正史(ベル出版)

・地図でスッと頭に入る三国志 渡邉義浩(昭文社)

・「三国志」の政治と思想 渡邉義浩(講談社選書メチエ)

・正史 三国志1~8 陳寿・今鷹真・井波律子・小南一郎

                (ちくま学芸文庫)


■参考情報(インターネット掲載情報)

・ウイキペディア 

・三国志人物伝 

・今日も三国志日和

・もっと知りたい!三国志 

 資料の手に入りにくい個人にとって、ネットで様々な文献からの情報を多角的な視点から掲載していただいているサイトの運営・管理に携わっている皆様には非常に感謝しております。

 本当に、本当にありがとうございます。


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