第42章 賈詡、曹操と共に孫子の兵法を語る
曹操は、賈詡が自分の配下になったことが余程嬉しかったようだ。
ある日、曹操が一冊の書物を持ってきた。そして言う。
「賈詡よ、今すぐでなくともよい。数日のうちにこの書物を読んで感想を聞かせてくれぬか。」
「一体、この書物は・・・。」
「私が書いた。と、言っても、私が書いたのはこの書物の注釈だ。」
「中を見てもよろしいでしょうか。」
「もちろん。」
賈詡は、書物を開いた。
すると、目に飛び込んできた一文は次のものである。
「孫子曰く、兵なるものは、国の大事なり。」
まさしく、賈詡が何度も読み、全文を諳んじることもできる「孫子の兵法」の出だしであった。賈詡は言う。
「これは、孫子の兵法ですな・・・。」
「ああ。孫子の兵法だ。賈詡は当然として、我が軍の軍師たちも、全員がその内容を把握しているであろう。」
「そうですね。軍師という役職であれば、知らないわけがありませぬ。」
「その通り。しかし、将軍たちはどうだ?実際に戦を指揮するのは軍師ではなく、将軍だ。」
「おっしゃる通りです。将軍は、その天性の才覚で指揮を採る者、軍師の様に兵法に熟達して指揮を採る者、そして、その勇なるのみをもって指揮を採る者など、様々な型の者がいると思います。」
「そうだ。賈詡の云う天性の才と、兵法に熟達している将軍というのであれば、私は何も言わない。しかし、勇のみを頼みに指揮を採る将軍というのは、成果を挙げるときは目覚しいものがあるが、敗北する時も、その損失は大きい。」
曹操は続ける。
「賈詡よ、孫子の兵法の特徴は。」
「言うまでもありません。内容は抽象的であり、一見、具体性に欠けるといえますが、その分、汎用性、応用性に優れており、活用の幅はまさに無限大といえます。」
「そうだ。しかし、読み手の素養を必要としている部分が大きいのだ。そこで・・・。」
賈詡は曹操の次の言葉を待った。
「私なりに、具体性を持たせるために、注釈を入れたのがこの書物になる。」
「孫子の兵法に、曹操様が自ら注釈を・・・。」
「ああ。注釈を入れることにより、抽象的な部分をなるべく具体的にわかるような内容にした。」
賈詡は驚愕した。
孫子の兵法の要諦は、その「抽象性」にある。しかし、それは読み手の活用の幅を広げる可能性がある一方で、読み手を「選ぶ」、すなわち抽象的な内容を具体的に展開するだけの理解力が無ければ、何の役にも立たない、と言えるのである。曹操は、そこに挑み、自ら注をつけて、実際に指揮を採る将軍たちにもわかりやすいようにした、というのだ。
賈詡は聞いた。
「畏まりました。拝読させていただきます。しかし、何故、私なのでしょうか・・・。」
曹操は笑いながら言う。
「賈詡、お前は以前も言ったように、私に二度土をつけた男だ。この世が広いといっても、それを実現したのはお前だけ。それなら、兵法の大家と言えるお前に聞くのが一番であろう。」
「・・・。わかりました。数日のうちに必ず。」
「ああ。頼んだぞ。」
賈詡は曹操が注釈を入れた孫子をじっくりと読み込んだ。
その内容は実に具体的であった。
自らの考え方、戦での実際の経験を盛り込み、兎にも角にも「具体的」に示すことによって、読み手が孫子の兵法を理解できるように、丁寧に記載をされているのだ。
多少、賈詡と考え方の違うところはあるものの、それが孫子そのもので、読み手によって、理解は異なるのであり、その点は問題とならない。
―数日後―
賈詡は、約束通り、曹操の注釈の入った孫子の兵法の感想を述べるべく、曹操の下を訪ねた。曹操が言う。
「おお、賈詡よ。待っていたぞ。」
賈詡は恐縮し、拝礼した。曹操が言う。
「さあ、感想を教えてくれ。」
「はい。まずは、単純に驚きました。」
「驚く、とは。」
「はい。具体的に示すことで、この注釈入りの孫子は読み手を選ばないものになったと思います。抽象的な表現における部分に、細かく具体的な記載が為されておりました。」
「うむ。そこは私の目指したところである。注釈の内容はどうであったか教えてくれ。」
「はい。端的に言って、素晴らしい、という次第です。」
曹操は笑いながら言う。
「賈詡よ。私はなにも、お前に褒めてもらいたいわけではないぞ。率直な感想、指摘を聞きたいのだ。」
賈詡は少し間を取ってから言った。
「これは、是非、現役の将軍や、将軍になる者達すべてに与えて読ませるべき書物です。一方で・・・。」
賈詡は続ける。
「私には、不要なもの、でございます。」
曹操は豪快に笑った。
「賈詡、いや、文和よ。お前の感想、よくわかった。下がってよいぞ。」
賈詡は拝礼し、退出した。
この曹操の注釈付きの孫子の兵法は、将軍たちに配布され、将軍たちは孫子の兵法の考え方を具体的に学んだ。そして、曹操が注釈をつけた孫子の兵法が、現代に受け継がれているのである。
それほどの内容あるものを、賈詡は自分にとっては「不要」と曹操に言い放った。
賈詡にとっての孫子の兵法は、その汎用性、応用性から、「自分で考える」ためのものであり、他人に具体例を出されるべきものではなかったのだろう。
実際、曹操は参謀陣には自らの「自慢の書」を賈詡の言葉を聞いて、配らなかったのだ。
曹操は、賈詡の才をこのやり取りでも確認することが出来た。そして、重要な問題においても、これ以降、諮問を受ける立場となるのである。




