第41章 賈詡、曹操に降伏する
曹操は前回の敗北から半年後、再び張繡討伐軍を興す。
前回も油断したつもりはない。
準備万端のつもりであったが、最終的に劉表を侮ったことで墓穴を掘った。今回はその侮りも捨てた。
そして、何としても今回こそ完全に勝たねばならぬ理由があった。
袁紹が公孫瓚を打ち倒し、とうとう河北を統一したのである。
これで、袁紹は南下路線、つまりは曹操を討ちにやってくるであろう。
後方で、張繡に騒がれていては困るのだ。
今回こそ、完全に張繡勢力を根絶やしにする、そういう覚悟で軍を編成する。
前回よりさらに多い、兵十万の編成である。
一方の張繡軍の総兵力は、二万程度になっているという。
今回も、籠城戦であろう。
ここで、荀彧が提言をしてきた。
「曹操様、此度はまず、宛城に着きましたら降伏勧告の使者を出しては如何でしょうか。」
「荀彧よ、何を申す。張繡には二度までも苦汁をなめさせられた。しかも忘れたのか、我が長男曹昂と典韋の命も奪われているのだぞ。」
「もちろん、わかっております。しかし、袁紹が河北を統一した今、優秀な人材の確保は必要です。」
「張繡が荀彧、お前の目から見て優秀と申すか。」
「はい。それに、張繡陣営には、あの賈詡文和がおります。」
「ふむ・・・。もし、張繡と賈詡を手に入れられるなら、確かに悪い話ではない。しかし、あの二人が、私に膝を屈するだろうか。前回も、あれほどの兵力差でも戦いを挑んできたのだぞ。」
「賈詡が河北の情勢変化を見逃すはずがございません。どうか、降伏勧告の件、ご検討ください。」
曹操は、荀彧の提言を受け入れることにした。
曹操は陣を張り、早々に宛城に降伏勧告の使者を出したのである。
ちょうどその時、宛城には一足早く別の所からの使者がやってきていた。
袁紹の使者である。
袁紹の使者は、張繡の独立を認め、同盟して曹操と対峙しようと持ち掛けてきたのである。
張繡にとって、曹操は難敵。劉表のほかに袁紹の後ろ盾を得れば、自分の勢力維持にもつながる。悪い話ではない。
もちろん、賈詡も同席していた。賈詡はこの話は信用できない、と考えていた。
仮に曹操を打ち倒したとして、本当に張繡をそのままにしておくであろうか。
袁紹は劉表とも同盟関係にあり、場合によっては劉表にも裏切られる可能性が無くは無いのだ。
その時、賈詡のもとに一人の男が駆け寄り、なにやら耳打ちをした。
賈詡は、曹操からの使者が来訪したことを、張繡に伝えた。賈詡は袁紹の使者に勝手に返答をした。
「この度のお話、こちらで検討して改めて返答の使者を立てる故、今日はお帰りください。」
「なんと、この場でお返事を頂けぬのか。そちらが、検討している間、是非、待たせてほしいのだが・・・。」
「いえ、お帰りください。実は、大事なお客様が参りましたので、張繡はそちらにお会いになります。」
「・・・。賈詡殿、後悔しますぞ。」
「何もお断りするとは申しておりません。優先順位の話です。」
こうして、賈詡は張繡に何の伺いも立てず、袁紹の使者を返してしまった。
張繡は驚き、言う。
「先生。袁紹の話は決して悪いものではなかった。むしろ、俺からすればいい話だと思った。何故に、勝手に使者を帰らせたのか、教えてもらおう。」
張繡の言葉から怒気が感じられる。しかし、賈詡は聞き流して言った。
「さあ、次は曹操の使者の話を聞きましょう。」
間もなく、曹操の使者が呼ばれる。
曹操の使者は挨拶も早々に、降伏勧告の話をしだした。
張繡は怒り、剣を抜こうとしたが、賈詡が止めて言った。
「張繡様。私はこの使者を待っていました。」
「曹操からの・・・。降伏勧告をか?」
「はい・・・。」
賈詡は説明した。
まず、袁紹は河北を統一し、名実ともに中華一の大勢力となった。そこに味方をしても、張繡の勢力は小さく、どうせ優遇などされない。
一方、曹操は袁紹が河北を統一したことで、次は自分が狙われるという焦りが生じている。張繡の兵力二万の勢力でも味方にできれば、十分に魅力である。
こう考えたときに、どちらに付けば、自分が必要とされ、優遇されるのか。
当然に、曹操に味方するべきである。
ここまで聞いて張繡が言う。
「先生の言うことは分かった。しかし、我々は二回の戦で曹操陣営に打撃を与えたばかりか、長男の曹昂と、忠臣の典韋の命も奪っているのだぞ。この点、どう考える。」
「戦であれば、命のやり取りになるのは当然です。もう、昔の話です。曹操はきっと我々を許すでしょう。」
「そんな簡単に許すか?陶謙の部下が父親を殺した時、住民の大虐殺を行った残忍性のある男だぞ。」
「その話と今回の話は事情が違います。前者は何の罪もないのに父親が殺された。後者の話は、長男の曹昂と忠臣である典韋の命を我々が奪いましたが、それは戦での話。この違いが分からないほど、曹操は馬鹿ではありません。」
賈詡は更に続ける。
「曹操の事ですから、張繡様と私を手に入れられると、むしろ喜ぶことでしょう。」
「賈詡先生を手に入れて喜ぶのは、わかる。俺も、先生がここに来てくれたことを本当に感謝しているからな。しかし、俺のことなど必要とするのか、確信が持てぬ。」
「張繡様は、ご自分を過小評価する傾向があります。張繡様の名は、騎兵を率いる勇将として、十分に曹操も認識しております。」
「曹操が、俺のことを・・・。」
「はい。間違えありません。ここが、我々が生き残る最後の機会であるとご理解ください。」
こうして、張繡は賈詡の提言を受け入れ、曹操に降伏することにした。
張繡は、降伏する以上、それが本心であることを曹操に認めてもらう必要がある。
原因がどうあれ、一度裏切っている事実があるからだ。
張繡は服装を粗衣に改め、自ら城外の曹操の陣に出頭した。
賈詡も張繡に続いた。二人は、曹操の前で跪いた。
曹操はすぐに二人を立たせ、衣服も改めさせた。
そして、歓迎の宴を開いたのである。曹操が言う。
「張繡殿、賈詡殿。二人は、この俺に二回連続で土を付けた。二回連続同じ相手に負けたのは、これが初めてだ。」
二人は恐縮して、頭を下げる。曹操が言う。
「二人とも頭を上げてくれ。今日この場より、私の家臣として尽力してほしい。それぞれに見合った官職も与えよう。」
曹操は賈詡に言う。
「賈詡よ。お前のことを一部の人間は“流浪の軍師”と呼んでいるそうだ。今まで何人に仕えてきたのだ。」
「流浪の軍師、でございますか。確かに、私の人生、言いえて妙な呼称だと思いますが、自分らしく生きてきた結果、だと思います。仕えた方々には、自分なりに忠誠も尽くしてまいりました。」
「そうか。しかし、頼みがある。流浪の名は、ここで捨てよ。私のために、生涯を捧げてくれ。」
賈詡は拝礼した。
曹操は官職で、この二人を厚遇する誠意を見せた。
まず、張繡は偏将軍・宛候となり、領土を安堵された。降伏したばかりの者に対して、異例の待遇である。
張繡はこの厚遇に感謝したのか、その後、大いに働き勲功をあげ、より出世することになるのである。
賈詡は、執金吾という要職に任命された。
こうして、賈詡は以後、曹操軍の軍師として活躍をしていくのである。




