第40章 賈詡、再び宛城を守る
曹操にとって、宛城攻略失敗はただの失敗で終わらせることのできないものとなった。
長男を失い、親衛隊長を失ったのである。
自分の大切な者たちが、自らの命をなげうって、自分を助けてくれたから、今、生きていられるのである。彼らを死に追いやった原因が「女」であるということも、自分自身の良心が許さなかった。
「必ずや、復讐を成し遂げる」
曹操は、心を燃やした。
西暦百九十九年(建安四年)五月。
すぐさま、軍の編成が行われる。
決して油断せず、相手を侮らない。
その証明として、今回は軍師の郭嘉、程昱といった自慢の参謀も引き連れ、準備万端に軍勢を整えた。
その数、七万。
宛城の兵力一万に対して、実に七倍の兵力で攻め落とす。
曹操軍が軍の編成に入ったころ、既に賈詡は籠城の準備をするように張繡に伝えた。そして、早急に劉表に応援を要請するように合わせて願い出た。
前回の戦の結果を受けて、劉表は張繡との同盟の効果を正式に認識したはずで、宛城が取られれば、常に曹操の脅威に自分がさらされることになり、それを避けるために、今回劉表はそれなりの援軍を用意してくれるはずだ、と賈詡は踏んでいる。
さらに劉表軍へ願い出たのは、同盟関係にある袁紹に曹操の背後を突く動きをしてほしいと要請を掛けてもらうことであった。
張繡が賈詡に聞く。
「先生、曹操の軍勢は七万と聞く。我が軍は、増強したとはいえ、まだ一万二千。多勢に無勢は変わらぬ。籠城したからと言って、勝つ見込みがあるのか。」
「もちろん、簡単なことではございませんが、張繡様のもと、城内の兵糧や必要な物資の備蓄は、かなりの速さで進みましたので、当面は籠城することが可能です。」
「前回はその用意が足りなかったということか。」
「はい。今回はその点が違います。よって、兵力格差は約六倍となりますが、今回は十分に戦えます。」
張繡は納得したようだ。
曹操軍が攻め込んできた。
大軍が城を囲むように布陣している。
北門、南門、東門の三方向に手厚く兵を配置し、西門だけは手薄なのが見て取れる。
張繡が賈詡に聞く。
「先生、敵は西門に配備した兵が異常に少ないが、どうしてであろうか。」
「兵法の基本と言えましょう。四方を完全に包囲すると、城兵は逃げ場が無いと、死に物狂いで戦いますので、攻め手側としても被害が大きくなる可能性があります。それ故、逃げ場として西門を薄くしているのでしょう。ここの兵はもともと涼州出身の兵が多い故、西側を逃げやすくしているのです。」
「なるほど。して、これから我々はどう戦う?」
「張繡様は、城兵全体に食糧や物資は十分にあること、間もなく劉表が数万の援軍を率いてくることを伝え、士気を高めてください。」
「それだけでいいのか?」
「はい。まずは、そこからです。」
「しかし、劉表は本当に援軍を送ってくれるのであろうか。」
賈詡は少し間をおいて答える。
「正直申し上げれば、絶対大丈夫、とは申せません。劉表は大人の風格を装っていますが、優柔不断なところがあります。ただ、前回の張繡様の戦いぶりを見て、我らが荊州の盾になることは証明できたので、恐らく、規模まではわかりませぬが、援軍を送ってくるはずと考えております。」
「もし、援軍が来なかったら?」
「苦戦は強いられますが、問題ありません。耐え忍べば、必ずや勝利することが出来ましょう。」
こうして、曹操と張繡の二回目の戦いが始まった。
曹操はこの戦いで、必ずや宛城を落とす、と躍起になっている。それを受けて兵の士気も高く、果敢に兵たちは宛城に向かってくる。
しかし、賈詡のもとで、十分に籠城の準備をしてきた宛城の士気は高い。城市の住民たちも、曹操軍が入城すれば、先般の恨みから皆殺しにされるという噂が流れていることから、城兵たちに協力して戦いや後方支援に協力をしていた。
この噂には、裏付けがある。
以前、曹操の父である「曹嵩」が徐州牧「陶謙」の部下に殺されたときに、徐州の住民を大量虐殺したことがある。恨みに駆られて抑えが利かなくなる、というのは、曹操ほどの資質を持つ男でもあることなのである。そのため、住民も躍起となって協力しているのである。
住民の協力はありがたいとはいえ、やはり戦力換算の兵として数えることは出来ないので、劣勢であることに変わりはない。
孫子の兵法では、「兵力が十倍差であれば、包囲せよ」となっている。今回は約六倍であり、十倍までの格差はないことから、賈詡は籠城戦でも十分に戦えると考えている。
あとは、劉表軍の援軍が来るのか、来ないのか。そして来るなら、どれくらいの規模の援軍であるのか。
援軍が無いなら無いなりの戦い方を賈詡は思い描いてはいるが、より確実な勝利のためにはやはり、劉表軍の援軍が不可欠である。しかし、こればかりは賈詡と雖も、読み切ることは出来なかった。
―十日が過ぎたー
張繡軍の士気はまだ衰えを見せていないが、やはり、多少の疲れが見え出してきた。特に、戦に慣れていない住民たちの疲労は極限に達しようとしていた。
その時である。
南門の方に、鬨のこえが聞こえた。
劉表軍の登場である。
その規模は何と五万。
しかも率いるは、劉表軍きっての名将、文聘である。
南門を攻める曹操軍の背後を突いた格好となり、南門は大混乱となった。
賈詡は張繡に言う。
「騎兵三千ほどを南門から出撃させ、劉表軍と挟み撃ちにしましょう。」
張繡は直ちに作戦を実行に移す。
南門での勝負は早々に決した。張繡・劉表軍の勝利である。
この勢いで、東門を攻めている曹操軍の脇腹をえぐる格好で、連合軍が突撃、そして曹操率いる主力のいる北門の方までも押し込み、曹操軍は被害を最小限に抑えるため、早期に退却を開始した。
連合軍の見事な勝利であった。
賈詡はまさか劉表が五万もの援兵を送ってくれるとは思っていなかった。
実は、曹操も、曹操の参謀である郭嘉や程昱も、劉表の援軍が来たとしても、一網打尽にする自信があり、よもやこんなに早く、しかも五万もの大軍が現れるとは思っていなかったのである。
賈詡も劉表を完全に信用していたわけでなく、曹操もその参謀たちも劉表を完全に侮っていた。
劉表は確かに優柔不断なところはあるが、それでも広大な荊州を支配している男である。そして、同盟した以上、援軍を出すのは当然であり、援軍を出すのであれば、勝たねばならん、ということで、名将文聘に指揮を任せたのだ。
こうして、賈詡は劉表の力を借りて曹操を再び撃退し、宛城を守り、歴史上、唯一曹操に連勝した軍師となるのである。




