第38章 賈詡、偽降の計を献策する
この頃の曹操陣営は、献帝を擁し、優秀な人材が集結し、日に日に体制が整ってきた過度期にあったと言える。
軍師で言えば、荀彧、荀攸、郭嘉、程昱。
将軍で言えば一族の曹仁、曹洪、夏侯惇、夏侯淵に加えて、張遼、楽進、李典、于禁など。
名だたる人物が集結していた。
そして、この名だたる人物を有する曹操勢力が狙うのは天下であり、第一の敵は当時の最大勢力、冀州の袁紹であった。
その袁紹と対峙するのに一番邪魔な存在が、宛城の張繡であった。しかも、張繡の下に賈詡が軍師と入り、劉表と同盟を締結したという情報が入ってきた。
曹操は、自分が献帝を擁することになったのは、賈詡の画策であると聞いていた。
曹操は賈詡に会ったことは無いが、賈詡は周囲の情報や情勢の分析で、曹操が献帝擁立に動く、とよみ、見事的中させ、今がある。
その賈詡の存在を、曹操は捨て置くのは危険であると考えた。そして、曹操は決断したのだ。
「宛城の張繡を討つ。すぐに準備せよ。」
張繡討伐軍は、すぐに編成をされた。
総兵力は四万。
曹操の見立てとしては、張繡軍の総兵力は一万ほどとみている。
曹操は前軍を曹洪、後軍を長男の曹昂に各一万、中軍を自ら二万の兵の配置とした。
「曹操軍来る」
この一報は、すぐに宛城の張繡の下に届いた。
張繡は賈詡に言う。
「曹操の全兵力は四万くらいだという。我が軍は全兵力を招集しても一万程度である。先生、どうすればよいか。」
賈詡はしばし、目を瞑りながら熟考した。そして、静かに目を開けて答えた。
「城門を開いて迎撃の陣を張っても、恐らくは勝てませぬ。籠城して、劉表様に援軍を請い、耐え忍ぶにしてもその間に城門を破られましょう。ここは、潔く、降伏すべきです。」
張繡は、大きな声で言う。
「馬鹿な!一戦も交えずに、曹操に膝を屈せと申すか!」
賈詡は興奮している張繡に、冷静に返す。
「はい。戦っても勝ち目はない。そんな戦に、大事な兵たちに命を賭けさせるわけにはまいりません。しかし、私の言い方が悪かったことをお詫びします。まずは、一旦、降伏いたしましょう。」
張繡が少し落ち着いた声で問い返す。
「先生、一旦、とは?」
賈詡が説明をする。
まず、単純兵力で四万と一万で野戦での勝負は無謀。
次に、籠城戦であるが、食糧が十二分にあり、耐えている間に、劉表が援軍を送ってくれれば勝ち目はあるかもしれないが、宛城の兵糧はそれほどの備蓄が無いこと、劉表は即断即決のできる男ではないことを挙げ、こちらも勝機は見えてこない。
野戦も籠城戦も勝ち目がないのであれば、一時の恥を忍んで降伏するべきである。
曹操も袁紹との決戦前に、一兵たりとも無駄にはしたくないはずであり、こちらの降伏をむしろ喜び、受け入れる。
城内に曹操を向かい入れ、もてなしの宴を連日開くなどすれば、必ずこちらに心を許す。その時を待って、反撃をする。
ここまで話すと、張繡が言った。
「そうすると、先生、これは偽りの投降、ということか。」
「そうです。しばらく我慢はしてもらうことになりますが、十日を越さない、とだけお約束させて頂きます。」
「十日・・・。先生、本当にそんなことが可能なのか。」
「はい。十日より早まっても、遅くなることは無いと考えております。」
こうして、張繡は賈詡の「偽降の計」を受け入れ、曹操に降伏した。
曹操は賈詡の読み通り、喜んで張繡の降伏を受け入れ、宛城に入城をしたのである。




