第34章 賈詡、段煨の下へ行く
母の白英が亡くなった。流行り病が原因であるという。七十三歳であった。
非常に快活な性格で、常に太陽の様な人であった。
父の賈龔が少し控えめなところがあり、月の様な感じであったためか、「真逆」な感じが、相互補完して夫婦としてうまくいっていたのであろう。
―数カ月後―
賈詡は涼州で母の供養をしながら静かに暮らしていたが、中央の情報が入ってきた。
賈詡の献策通り動いた献帝は、どうやら無事に曹操の庇護に置かれることになったという。
曹操は、許昌を「許都」と改め、新しい都として定めたという。
賈詡は思った。
「曹操という男は、ただものではない。おそらくは、これからの時代を牽引していくことになろう。」
実際に、献帝を擁立した曹操の権力は日の出と勢いとなっていく。「勅命」という名で、様々な命令を諸侯に出せる立場になったのだ。
賈詡が不思議なのが、そんな簡単なことをなぜ多くの諸侯がわからなかったのか、ということである。もし、自分が軍を擁する諸侯であるならば、いの一番に献帝を擁立したであろう、と賈詡は思い、少し笑った。
叔父の賈静が賈詡を訪ねてきた。
「賈詡よ、今後はどうするつもりだ。」
賈詡は、賈静に献帝が曹操に庇護されたのは、自分の策であることを打ち明けた。驚いた賈静は言う。
「そうであれば、朝廷にて皇帝様にお仕えするのも、皇帝様を擁立している曹操に仕えることもできるのではないか。」
「たしかに・・・。しかし、私は母の死を理由に皇帝が長安から脱出する時の帯同を断りました故、それほど、歓迎されるかはわかりませぬ。しかし・・・。」
「しかし?」
「これからの天下は、間違いなく曹操を中心に動くであろうと思っています。そこで、一旦、自分が朗で洛陽にいたときの学友であった段煨が、弘農の太守になった様なので、一度そこに寄って、許都に行ってみようかと思います。」
「なるほど。弘農は許都への通り道。旧交を温めるのも良かろう。」
こうして賈詡は、学友であった段煨に会うために、ひとまず弘農を目指す旅に出たのである。




