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流浪の軍師ー三国志・賈詡文和伝ー  作者: 涼風隼人


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第33章 賈詡、献帝脱出の策を立てる

 李傕と郭汜は、賈詡のおかげで命が救われただけではなく、恐らく自分たちでも想像していないであろう、大きな権力を手に入れた。

 都である長安で、皇帝である献帝も自らの手中にあるのである。

 そして、自分たちには無い知恵という部分は、仕える相手を亡くした賈詡がきっと補って何とかしてくれるであろう、と考えていた。


 人間には、「器」というものがある。

 董卓は最終的に晩節を汚したが、その「器」が大きいということに異論はないであろう。

 しかし、この後釜に座った李傕、郭汜の両名の「器」は、残念ながらまことに小さいものであった。

 実際、急場を乗り切るためにこの両名を「利用」した賈詡はすぐにその器の限界に気付いてしまった。

 李傕も郭汜も、賈詡の事を「先生、先生」と呼んで頼りにしていたのは最初だけで、今でも先生とは呼ぶものの、思いの外「正論」の多い賈詡に、少し嫌気がさしてきたようで、諮問される機会は、段々と少なくなってきた。

 そして、そのころから李傕と郭汜の権力闘争という、新たな争いが幕を開けた。


 これは長安の中で戦い合うといった常軌を逸したものであり、賈詡は双方に出向いて再三止めようとしたが、全くどうすることもできなかった。

「私の言葉の力は、その程度のものか・・・。」

 落胆していると、二人の者が賈詡を訪ねてきた。

 なんと、献帝の側近であり、重臣である楊彪と董承であった。


 ひとまず、賈詡は邸内に二人を招いて言った。

「楊彪様に董承様、朝廷の重臣であるお二人が私の様な者に何か御用でしょうか?」

楊彪が言う。

「朝廷の重臣などと言っても、何もできませぬ。今は力が全て。李傕、郭汜の暴虐に手をこまねいているだけです。」

董承が言う。

「私は軍職も拝命していますが、今や名ばかり。力に対抗する手立てがございません。」

更に続ける。


「実は、賈詡殿にお願いがございます。」

「お願い・・・とは?」 


「この長安は、李傕、郭汜の争いが激化し、荒廃が進む一方でございます。皇帝の身にもいつ危険が及ぶかもしれません。そこで・・・。」

「そこで、何でございましょう。」

楊彪と董承は拝礼した。そして楊彪が言う。


「是非とも、賈詡様のお力、お知恵を借りて、皇帝を長安から脱出させたいのです。」

賈詡は驚き、一瞬固まった。そして言った。

「皇帝を長安から・・・。行先はどことお考えですか?」


董承が言う。

「まずは、旧都洛陽を目指そうかと思いますが・・・。」

賈詡は呆れたが、顔には出さずに言う。


「董承様、ご存知ないわけがないでしょうが、今の洛陽はかつての都ではありません。今や人もほとんど住まず、獣の巣になり果てた様な荒廃した場所です。そこに皇帝をお連れして、どうしようというのですか。」


二人とも黙っている。賈詡は続ける。

「確かに、今の李傕、郭汜の争いは留まるところを知りません。実際、私は再三あの二人に争いをやめるように忠告しておりますが、全く聞こうとはしません。」

更に続ける。

「それ故、脱出するにしてもどこに行き、誰を後ろ盾にするのか、というのが非常に重要なのです。後ろ盾になってくれそうな諸侯は、もういらっしゃるのですか?」

楊彪が気恥ずかしそうに答える。

「・・・。いえ、おりませぬ・・・。」

「あれだけ、反董卓連合で立ち上がった諸侯がいたのに、ですか?」

「はい・・・。面目次第もございませぬ・・・。」


賈詡は考えた。

受け入れてくれる諸侯がいるのであれば、その諸侯に軍を出してもらう様に要請することが可能だが、それはできない。

しかし、このまま長安にとどまり続けるのは確かに危険であろう。いい策はないか・・・。賈詡はしばし熟考した。


董卓に果敢に挑んだ男が二人いたことを思い出す。


一人は曹操、現在は兗州の鄄城を拠点にしていた。

そしてもう一人は孫堅、南方を拠点としていた。

孫堅は数年前に既にこの世を去っている。 


 そうすると、残るは一人である。

 「曹操に頼るか・・・。」


 長安から鄄城までは、使者を急がせれば一カ月弱。

 持たせる書状の内容は、皇帝が長安を脱出して、旧都洛陽にて曹操殿の庇護を求めている、とすれば、きっと決断力に富んでいると思われる曹操は動くはずだ。

 加えて、曹操の軍師は名士中の名士、荀彧が務めており、荀彧は曹操に後漢王朝の復興に尽力してほしい、と願っていると思われる。

 「これしかあるまい・・・。」

 賈詡は心中、呟いた。そして言った。

 

「両名とも、お聞きください。」

 賈詡は策を説明した。


 まず、鄄城を拠点とする曹操に使者を出し、洛陽に迎えに来るように指示を出す。

 その上で、本意ではないだろうが、本当に必要最低限の人員のみで、夜陰に紛れて長安を脱出、一路、洛陽を目指し、曹操と合流する。曹操は打倒董卓連合軍でも果断な性格を示したこと、その軍師の荀彧は後漢皇帝に対する忠義が厚い名士であろうから、悪いようにはならないであろう、ということを説明した。

 

 楊彪が賈詡に言う。

 「賈詡殿も帯同していただけるのであろうか?」

 「・・・。いえ、私は帯同できませぬ。」

 「何と、我々をお見捨てになるのか!」

 「実は・・・。」

 賈詡は、包み隠さず実情を話した。

 

 今日、李傕、郭汜の二人を訪ねたのは、まず無益な争いをやめさせること、そしてもう一つは、母親が亡くなったことから官を辞し涼州に戻る、ということを告げに言ったのである。

 李傕も郭汜も、厄介払いができるとばかりに、賈詡が涼州に戻ることは了承したという。

 「それ故、申し訳ありませんが帯同できませぬ。お許しください。」

 

 董承が言う。

 「そういうご事情であれば・・・。後は、我々で賈詡殿の献策に基づいて何とかしよう。」

 「本当に申し訳ございません。この策で肝要なのは、いかに早く動くか、ということです。遅くなればなるほど機会を失うとご理解ください。」


 こうして賈詡は、皇帝が長安から脱出する献策をした後、故郷の涼州に戻ることになった。

 時に西暦百九十五年(興平二年)、賈詡四十九歳の初秋であった。

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