第32章 賈詡、董卓の死を見届ける
長安に遷都をした後も、董卓の権勢は衰えなかった。
董卓は自らを「太師」に任命し、献帝に自分のことを「阿父」(父上様)と呼ばせていた。
この頃の董卓は、もう、何も見えていなかった。
賈詡は、既に李儒の方でも今の董卓は動かせない、というように見えていた。
既に、誰も手を付けられない状態であったのだ。
仮に、無理してここで自分が動いたとしても、状況は代えられない。
非常に消極的と思われるかもしれないが「見」、すなわち様子見に徹せざるを得なくなった。
かつての董卓は、粗雑さの中にも温かい人間味を持ち、特に部下や身内に対する愛情はひとしおであった。
しかし、ここで「身内」による事件が起こる。
当時最強の武将と目され、養子となっていた「呂布」との関係がぎくしゃくし始めたのである。
それを、反董卓の官僚たちは見逃さず、言葉巧みに呂布をたきつけ、何と、董卓を殺害させてしまったのである。非常にあっけない、死の訪れであった。
董卓の死後、長安は大混乱に陥る。
呂布は、董卓の一族、近しい者の邸宅をことごとく急襲した。賈詡が仕えている牛輔の将軍府も、当然に襲われ、牛輔は殺されてしまった。
賈詡はたまたま外出をしており、長安の外にいた。
幸いのことに死を免れたが、自分が仕えた君主が非業の死を遂げたことを聞き、愕然とした。
しかし、愕然としている場合ではなかった。
現状を整理すれば、呂布の後ろ盾は「王允」とその一派であり、董卓の後の権勢を握ろうと躍起になっている。その僅かな隙に乗じて、賈詡は一計を案じた。
まずは、自分が生き残ることを優先した。
まだ生きている有力どころの将軍である、李傕、郭汜の二人を訪ねた。二人は長安の郊外に駐屯しており、一定の軍を掌握していた。
牛輔の軍師である賈詡が火急の要件で来ているというので何事かと会うと、董卓が殺害され、長安では董卓親派の粛清が行われていることを告げた。
二人は冷静な判断が出来ずに、軍を解散して涼州に戻るということを言い出した。
それを賈詡が懸命に止めて言う。
「李傕様、郭汜様。幸いにお二人はこの規模の軍を掌握しております。もし、解散などしてしまえば、あなた方はすぐに捕まり殺されてしまいます。そうならないためには、むしろこの軍で、董卓様の仇を大義名分として、長安に攻め込むことです。この陰謀を裏で操る王允は権勢の掌握に躍起になっており、呂布も恐らく長安内の事で手一杯であり、それほどの手勢も抱えていないと思います。この軍で、十分に長安奪還をできるものと考えます。」
李傕も郭汜も、賈詡を董卓が認めるほどの軍師であることは知っており、その賈詡が言うのであればと、だいぶ落ち着きを取り戻した。そして、賈詡に言う。
「賈詡殿。牛輔将軍はあなたを先生と呼んでいたという。我々も、それに準じよう。賈詡先生、我々をご教導願いたい。」
賈詡は、了承した。そして言う。
「ならば、すぐに動きましょう。直ちに全軍、長安へ向かうよう軍令を出してください。」
李傕が言う。
「今すぐ、ということですか。」
「そうです。ここを逃せば、お二人の命運は尽きるかもしれません。」
郭汜が言う。
「わかった。李傕将軍、覚悟を決めよう。」
こうして速戦速攻、一気に長安に攻め込んだ。
まさか外から攻められると考えていなかったが、呂布はさすがに勇将、ある程度対応した。しかし、後のない李傕・郭汜軍の気迫に押されて、長安から撤退した。
そして、今後の軍事を呂布に依存していた王允は何もできずにすぐに捕らえられ、董卓の仇として、即刻斬首とされた。
董卓の死体は晒された後に、即刻燃やされたらしく、回収して埋葬することは叶わなかった。
賈詡にとって、董卓は賈龔に次いで使えるべき者と決めていただけに、今回の結果が非常に残念で仕方なかった。
一方で、「人は何かのきっかけで全く変わってしまう」ということを、心に刻んだ。
賈詡は自分の名と字に恥じぬために、次に何をするかを考えた。まずは、漁夫の利を得た李傕、郭汜が第二の董卓、呂布にならなくするために知恵を絞ることになるのである。




