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流浪の軍師ー三国志・賈詡文和伝ー  作者: 涼風隼人


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第27章 賈詡、父を失う

 西暦百八十二年(光和五年)。

 賈詡は三十七歳になった。

 

 結婚して三年目、とうとう待望の長男が誕生した。

 名を「穆」という。

 賈詡としては、穏やかに、そして礼儀正しい子に育ってほしい、という願いを込めて付けた名前である。自らの字である「文和」に近いものにしたのであろう。

 

 そして続けて翌年、次男も誕生した。

 名を「訪」という。

 この名には自分の道を自分で見つけ、しっかりと歩んでほしい、という願いが込められている。長男は家を継ぐということが何にもまして重要である。一方、次男はどの様に身を立てるのか、ということも考えなければならぬ時もある。それ故の、名付けであろう。

 

 こうして、二年連続の慶事に、賈家は喜びに沸いた。

 そして、賈龔もとうとう、「御爺様」と言われる年齢になったのである。

 西暦百八十三年光和六年)、六十六歳である。

 

 賈龔は誰にも相談していないが、実のところ、退官を希望したが受理されなかった。

 何故なら、賈龔があって、涼州の平穏が保たれている、と中央が考えているからである。

 現在、最も脅威と考えられている異民族は鮮卑である。

 実際、鮮卑は断続的に幽州、幷州への侵攻を繰り返している。しかし、賈龔が以前、鮮卑を徹底的に撃退したことで、涼州へ侵攻をする気配が無くなっていたのである。

 

 最近では、南方でも反乱が起きるなど、世の中の混乱は年々大きなものとなっている。

 賈詡のもとに中央からの情報が入ってきた。

 相変わらず宦官の権勢は強いが、それに皇帝である霊帝も依存し、「官職を売買する」ことが当たり前となり、賄賂の横行も、よりひどいものとなった。

 

 また、霊帝の寵姫である「何貴人」が権勢を強めてきており、その兄の「何進」が今後権力を握るのではないかと噂されている。

 中央の相変わらずの腐敗に、中央から身を引いてよかったと思う一方で、皇帝の近くにいたら何かもっとできたのであろうか、と考えることもある。

 しかし、今の賈詡の役目は涼州総督である賈龔の軍師として、涼州外にも目を配りつつ、涼州の平和と安定を保つことである。

 

 だが、賈詡には一つの不安があった。

 一見何ともなさそうに過ごしているが、明らかに賈龔の体調が異変をきたしているように賈詡には見えるのである。

 実は、賈龔が引退を考えているのではないか、ということに賈詡は気付いていた。

 

 賈龔は涼州総督になってから、ほとんど家に帰らず、軍営にて過ごしてきた。しかし、珍しく本人から王武に二、三日暇をもらう、という話があり、ふらっと自邸へ戻ってきた。

 

 この日は孫二人を抱き上げるなど、いつもの軍人然とした賈龔は無く、「御爺様」という様な雰囲気委であった。

 妻と息子夫婦、孫に囲まれ、楽しい時を過ごした。賈龔は珍しく仕事の話はせずに、家族との団欒を楽しんだ。少し酒を飲んだところで、眠気を催したらしく、早めに床に入った。


―翌日―

 「詡よ、詡よ!」

 賈詡を大声で呼ぶ母の声が聞こえる。賈詡は言う。

 「母上、どうかなさいましたか?」

 「父上が当然、高熱を発して、苦しそうなのです。」

 「わかりました。医者を呼んでまいります。」

 賈詡はすぎに、医者を連れてきた。


 医者の診察が終わった。賈詡が聞く。

 「先生、父の容体は?」

 「うむ・・・。原因はわからぬが、すごい熱です。」

 「薬で下げられないのですか?」

 「薬はおいていきますが、それが利くかどうか、わかりませぬ。」

 「あなたは医者でしょう?」

 「医者も神ではありませぬ。以前にも何人か、同じような患者を診たことがあります。」

 「その方々は?」

 「・・・。全員、お亡くなりになりました。」

 賈詡も白英も言葉を失った。


 「父は、涼州総督です。亡くなれば、その影響ははかり知りませぬ。」

 「ごもっともです。今から、中央に使者を出されることをお勧めします。また、ご家族も話ができるうちにお話をしていただいた方がいいかもしれません。」

 賈龔の病は原因不明であるが、過去の似た患者は全て亡くなったという。

 賈詡は涼州総督賈龔の軍師としてどうすべきか、考えた。

 

 まず、現状を副将の王武に伝えた。

 王武は茫然自失となりそうだったが、気を取り直し、すぐさま中央にこの旨を知らせる使者を立てた。

 賈詡は王武に言う。

 「王武様。中央とのやり取りは数カ月を要する可能性もあります。まずは、王武様がしばらくは総督代理を務めるおつもりでお願いします。」

 「でもよ、治るよな、将軍のことだから。」

 「・・・。いえ、軍師として冷静に判断すれば、父の命の灯は間もなく消えるものだと思います。」

 「・・・。そうかい、わかった。覚悟は決める。こっちのことは任せてくれ。何かあれば、連絡する。」


 賈詡は再び賈龔の病床に戻った。

 白英が不安そうな顔をして、看病を続けていた。賈詡が言う。

「母上、少しお休みください。私が、代わります。」

「しかし・・・。」

「いえ、これでは母上が倒れてしまいます。お願いです、あちらで休んでください。」

「・・・。わかりました。お願いします。」


 賈龔と賈詡が二人きりになりしばらくすると、賈龔がふと、目を覚ました。賈詡は白英を呼ぼうとおもったが、賈龔がそれを制した。そして言う。

「賈詡よ、俺の命は間もなく尽きようとしている。これから賈家の頭領はお前だ。」

「・・・。はい。」

「軍にかまけて家を顧みなかった俺が言うことではないかもしれないが、母上を大切に。そして、自分の家族もしっかり守るのだぞ。」

「はい、当然のこととしてお約束いたします。」

「そして、涼州に縛られることは無い。お前は名に恥じぬよう、言葉で羽ばたけ。そして、字に恥じぬよう、平穏な世の中をつくるのに尽力せよ。」

「はい。お言葉、胸に刻み生きてまいります。」

「あとは・・・。」

「はい。」

「お前は私より数段優れている。自分を信じて進むのだ。」

「はい・・・。承知しました。」

 賈詡は涙が止まらなくなった。

「白英を呼んでくれ。」

 「はい、すぐに」


 賈詡は白英を呼びに行った。

 白英は賈龔の病床に駆け寄る。

 賈龔は最後の力を振り絞って言う。

 「白英、お前のおかげで我が人生、まるで太陽の明るさに照らされたようであった。本当に、ありがとう。」

 白英が答える。

 「あなたという静かな月があったからこその私でした。私こそ、本当にありがとうございました。」

白英は賈龔の手を力強く握った。それに賈龔が反応し握り返してきたような感覚を覚えたが、一瞬で消えた。

 賈龔は、息を引き取ったのである。 

 賈龔の顔は、生き切った男にしかできない、誇らしげな顔に二人には見えた。

 

 賈龔が自邸に戻り、家族と酒食を共にしたのは決して偶然ではないであろう。死期の悟りの様なものがあったのかもしれない。

 兗州から涼州に来て既に四十年弱の歳月が流れた。

 その間、涼州の民の為に、身を粉にして働いたのが賈龔である。賈龔のおかげで、涼州、特に武威郡の平和は長く保たれたと言ってよい。

 

 賈龔の死は中央に伝えられた。

 賈龔の後任は、賈龔の下で活躍した李道、郭遠をそれぞれ涼州総督、副総督に任命するということで連絡が来た。

 

 王武はこれを機に引退した。そして三年後、ひっそりと世を去るのであった。

 

 この人事が気に食わなかったのか理由は不明だが、董卓は母親の体調が悪いことを理由に将軍職を辞し、故郷の隴西郡臨洮県に戻ることにした。その際、賈詡のところに挨拶にやってきた。

 

 「文和、賈龔様のことは何と言っていいか・・・。がさつな若造の俺を引っ張り上げて薫陶してもらったことは、この董卓、一生忘れない。」

 「仲穎将軍。父はあなた自分の後継であるとよく申しておりました。」

 「そうか、それは嬉しいな。まあ、中央から見たら、生意気な俺より、李道殿、郭遠殿の方がいいのであろう。ご両人とも、立派な将軍であるしな。」

 「そうですね。しかし、私としては、董卓総督の下で、軍師として働いてみたかったです。」

 「嬉しいことを言ってくれる。文和よ。俺は別にこのまま田舎に引きこもる気は無い。母の面倒を見て、その後はまた官途に付きたいと思う。その時、お前が俺を求めてくれるなら、その時に改めて、軍師となってくれ。」

 「わかりました。お戻りを楽しみにしております。それまで、親孝行、後悔の無いように・・・。」


 こうして、董卓は故郷に戻ることになった。

 今度董卓と賈詡が会う日、それは数年後となる。

 その時の董卓は一将軍ではなく、想像を絶する大権力者となっているのである。

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