第26章 賈詡、婚儀を挙げる
西暦百七十九年(光和二年)、中央政界に衝撃が走った。
かつて涼州総督を務め、中央政界復帰後は三公である大尉(軍事の責任者)にまで昇りつめた段熲が、非業の死を遂げた。自殺であったと言われている。いわゆる遺書のようなものも残されておらず、はっきりした原因は不明であるが、段熲にしかわからない何かが彼を死へと追い立てたのであろう。
段熲は涼州の人々にとっては英雄そのものであった。
一方、政界官界において、宦官とのつながりも噂されており、一部清流派の人々からは批判の対象ともなっていた。
仮にそうであったとしても、辺境の防衛を長年務めてきた功績は色あせることなく、人民の中での段熲の尊敬は失われることは無かった。
賈龔は段熲の死を聞いて涙を流した。
涼州出身でない自分をここまで引き立てて、導いてくれたのはまさに段熲であるからである。
一方で、悲しみに暮れている暇はない。
ここ最近、小康状態が保たれている異民族との関係であるが、段熲の死を知り、動き出すかもしれない。
最も、今の異民族の「恐怖」の対象は、段熲から賈龔自身に移りつつあった。
賈詡にとっても、段熲は中央で働く機会をくれた恩人であった。この恩人に報いるためにも、まずはこの涼州の平和と安全を保つのに全力を尽くそう、と考えていた。
―数日後―
賈詡は、齢八十歳を越してきた白理に、一人で来るようにと命じられた。
賈詡は早速、白理を訪ねた。
八十歳を越して、商売は長男の白明に任せているが、まだ衰えをしらない快活さを持っている。白理が言う。
「賈詡よ。お前はいくつになった。」
「今年で三十三歳でございます。」
「そうか。色々と目まぐるしい歳月を過ごし、機会が無かったのはわかっているのだが、そろそろ身を固めねばならん時だぞ。」
「それは、結婚、ということでしょうか。」
「そうだ。好いている相手はいたりするのか。」
「いえ・・・。」
「そうか。ならば、祖父として命ずる。すぐに婚礼の儀を挙げよ!」
「そう申されても、相手の方がおりませぬ。」
「用意した。これへ!」
一人の女性が入ってきた。
見た感じ二十代の美しい女性であった。どこか垢ぬけていて、涼州出身ではない様に賈詡は思った。白理が言う。
「洛陽の商人仲間、陳成殿の娘、陳春殿だ。今年、二十三歳という。非常に素晴らしい娘さんだ。既に、賈龔殿、白英の許可も取ってあるぞ。」
陳春が賈詡に拝礼して言う。
「陳春と申します。賈詡様のことは、白理様や既にお会いさせていただいた賈龔様や白英様に子供の頃からのお話をたくさん、伺っております。そういうこともあり、初めてお会いした感じではありませんわ。」
陳春は華やいだ笑顔で賈詡に言った。
賈詡は陳春の笑顔に心を奪われた。
父賈龔が母白英に一目ぼれだったように、賈詡もまた陳春を一目で好きになった。
こうして、この場で婚儀を挙げることが決まった。
父の賈龔と母の白英の婚儀の時は、十日連続、昼夜を問わずの宴会が無礼講で行われたという。
今、当時より世の中は乱れに乱れていて、その様なことをしている場合ではないのかもしれないが、白理絶っての希望で、同規模の祝宴が華やかに行われた。
町中が幸せの空気に包まれた。
特に、陳春の笑顔は多くの人を和ませた。
そして、十日間の祝宴が終わった。
その報告をするために、賈詡と陳春は白理の下を訪ねた。
いつもなら、すぐに通されるところ、家人がなかなか帰ってこない。ようやく戻ってきた家人の目は、うっすらと涙に濡れている。様子がおかしいと思い、賈詡が尋ねた。
「白理様に何かありましたか?」
「・・・。お亡くなりになりました。」
二人は、言葉を失った。
昨日まで、楽しそうに祝宴にも顔を出していたのである。
苦しんだ様子はなく、いわゆる老衰であろう。
その顔は、微笑んでいるかのように見えた。
最愛の孫である賈詡の婚儀を見届けて安心して、安らかな眠りについたのだろう。
白理がいたからこそ父の賈龔と母の白英が出会い、自分がいる。白理がいなければ、自分はこの世にいなかった。
葬儀は長男白明のもと、盛大に執り行われた。
賈龔も白英も涙にぬれた。町の人々も世話になっていたのだろう、本当に多くの人が弔問に訪れた。
こうして、賈家には、喜びと悲しみが同時に訪れた。
そしてまた、近い将来賈家に、再び喜びと悲しみが同時に訪れるのである。




