第24章 賈詡、命からがら脱出する
賈詡は、官舎を引き払い、白理の次男である「白陽」が洛陽で営んでいる商店に向かった。
賈詡は洛陽の暮らしは独力ですると決めていたので、叔父にあたる白陽に洛陽で会うのは、実は初めてである。
賈詡は言う。
「叔父上。ご無沙汰しております。洛陽に何年もいながらご挨拶もせず、申し訳ございません。」
「賈詡よ、気にすることは無い。そなたの性格は叔父である私もよくわかっておる。洛陽の暮らしに不便はなかったかね?」
「はい。最初は金子の面で苦労することもありましたが、後半は特に困ることはありませんでした。」
「そうか。それで、体調はどうだ?」
「今はかなり調子がいい方ですが、一回体が重苦しくなると、なかなか辛いものがあります・・・。」
「なるほど。涼州の父上のところに向けて荷を運ぶ隊は三日後に出発する。父上からは念のため、賈詡は馬車でいつでも横になれるよう手配せよ、と厳命されているので、悪いが了承してくれ。」
「・・・。わかりました。何から何まで、ありがとうございます。」
―三日後―
白陽の店で三日間を過ごした賈詡は、多少の体調不良はあるものの、旅立ちには問題の無い範囲であった。
今回運ぶ荷物と、持って帰ってくる荷物はそれなりに高額になることから、この隊商は白陽自ら率い、金子を払って、二十名ほどの護衛も雇い、思いの外、大規模なものとなった。
白陽が言うには、おおよそ二カ月ほどの旅程、ということであった。盗賊・山賊はもちろん、異民族にも警戒を怠ることは出来ない。
実際、単身で涼州から洛陽に入った時も、事前に察知して回避できたからいいものの、何度か危険を感じた経験が賈詡自身にもある。
「何かあったら、私が叔父上たちを守らねばならぬ。」
賈詡は心に決めていた。
いよいよ出発である。賈詡は馬車に乗り込んだ。
旅は順調に進んでいる。
雇われた護衛達もしっかりとしており、白陽が今回の旅の為に自ら人選したといったのが良く分かった。
夜も交代で見張りがたてられ、備えは十分であると言えた。
旅を始めて一カ月ほどが経過したあたりから、賈詡の体調が悪くなる頻度が少しずつ増え、馬車で横になっていることが多くなった。白陽はいったん、どこかで静養するか、と聞いてくれたが、旅を続けてくれるようにお願いした。
そして、山の峠越えとなった。
この峠を登り切り、下って行けば、涼州は目前となる。しかし、賈詡の体調不良は続いている。
夜になった。
今夜は峠で宿営を張ることになった。
その時である。
矢が数本、この隊商に向かって飛んできた。
飛んでくる矢の数はどんどん増えていく。護衛の何名かもやられたようだ。賈詡は立ち上がろうとしたが、立ち上がることができなかった。あろうことか、気を失い、倒れてしまったのである。
どれくらいの時間が経過したのだろう。
賈詡は、水を掛けられ、無理やり起こされた。
何やら話しているが、初めて聞いた言葉である。
「異民族・・・。この辺りだと、氐族か・・・。」
「まずい」
賈詡は思った。何か言おうにも、言葉が通じない。
体を動かそうかと思ったが、自由が利かない。どうやら、縛られているようだ。
更に、血の匂いが漂っている。
周りを見渡せば、斬られた首がいたるところに転がっている。
あろうことか、白陽の首も転がっていた。
賈詡は涙が出そうになった。しかし、幸い、まだ自分は生きている。
出来ることはまだあるはずだ。そう思いなおし、相手に通ずるか否かわからないが、出せるだけの大声で叫び出した。
「私は、涼州三明と言われている段熲の甥である!」
力の限り叫んだ。
この叫びに異様さを感じたのか、一人の男が呼ばれてきた。
賈詡は察しがついた。
「この男はきっと、言葉がわかる。」
そう思い、今度は、ゆっくり話した。
「私は、涼州三明が筆頭、段熲の甥だ。お願いがある。私の死体を段熲に届けてくれ。そうすれば、格別な褒美でも出るだろう。」
出てきた男は、反応した。
「お前が、段熲将軍の甥、だと・・・。」
「ああ、そうだ。私は、数年前の羌族討伐の大規模作戦にも参戦している、段熲の大事な甥御だ。だから、遺体だけは届けてほしいのだ、頼む。」
男は、賈詡のそばにいる男達に何やら指示を出した。
驚いた様子で、賈詡の縄をほどき始めた。
賈詡の体は自由になった。濡れた体をふく布も渡された。
出てきた男が言う。
「俺達は氐族の者だ。食うに困り、お前たちを襲った。全員、殺してしまった・・・。しかし、段熲将軍に歯向かう気は毛頭ない。こんな状況で申し訳ないが、とりなしをしてくれ。お前の身の安全は保証しよう。」
「・・・。これだけの命を奪い、それだけで済まそうというのか。」
「・・・。いくら言っても、この者たちの命は戻らない。」
「わかった。馬をくれ。」
「わかった。用意しよう。」
こうして賈詡は、異民族に恐れられている段熲の名を使い、窮地を脱することができた。しかし、叔父である白陽をはじめ、全員が惨殺されてしまった。
もし、自分が病身の身でなければ、全員の命を救えたかもしれない。賈詡は、自分の情けなさに涙が止まらなかった。
間もなく、賈詡は涼州に入った。
武威郡姑臧城をめがけて、ひた走った。
そして、そのまま白理邸へと向かった。
白理は賈詡が一人で来たと聞いて、全てを悟った。
賈詡は、泣いている。白理は言う。
「賈詡よ。よくぞ無事に戻った。お前を見れば、全てわかる。何も言うな、とりあえず休むがよい。」
「御爺様、私は何もできませんでした。あれほど、兵法を学んできたにも関わらず。」
「何を言う。お前が生きているではないか。それでよい。」
「しかし、叔父上が・・・。」
「白陽は役目を果たした。一番の宝である、お前を私の下に届けたのだから。」
賈詡の事を一向に攻めようとしない白理の優しさに、賈詡の涙はさらにあふれるばかりであった。
こうして賈詡は、自らは窮地を脱したが、他の命を救えなかったことに筆舌しがたい悔しさを覚えた。
そして、二度とこういうことは起こすまいと決意し、より一層の成長をすることになるのである。




