第20章 賈詡、金城郡の戦いに参戦する
賈龔は、今回の先鋒を一番若い董卓に任せた。
董卓軍を中央に、その両翼に李道、郭遠の軍を付け、後方を主力の賈龔軍が担う配置とした。
王武は少し不満げであった。
当然賈龔軍が前面に出て、その先鋒を担うのは当然自分である、と思っていたからである。
その不満を賈龔がわからぬはずもない。賈詡が生まれる前からの付き合いなのだから。賈龔は王武に言った。
「王武、お前の気持ちはわかる。しかし、俺達には戦い以外にやらなければならないことがあるのだ。」
「戦い以外に?何だい、それは?」
「後進の育成だ。」
「後進の、育成?」
「ああ。俺はまだ引退など考えていない。お前もそうだろう。しかし、いつまでも俺達が陣頭に立ち続けていては、人材の育成が進まぬ。この涼州は、常に異民族と隣接した危険地帯。実戦のできる優秀な将を、一人でも多く育てなければならない。」
「・・・。それで?」
「俺達も五十歳を越してきた頃だ。後進の育成を中心に舵を切るべきなのだ。」
「そういうことかい。優秀な人材の育成のためということだな。」
「ああ。前面に配した三名は将軍であるが、全員お前より年下、しかもお前の武を尊敬している。至らぬ点があれば、多いに指摘し、育ててやってくれ。」
こうして、今回の作戦活動においては、賈龔と王武は一歩引く構えを取ったのである。そして賈龔は、もう一人の育成のために命令を出した。
賈詡である。
賈詡に、董卓の陣営に加わるよう命令したのだ。
賈詡はすぐに董卓の軍営に向かった。
予め話を聞いていた董卓は、賈詡を自ら出迎えた。
「おお、大軍師の文和よ。待っていたぞ。」
賈詡は笑いながら答える。
「大軍師・・・。そうなりたいものです。さあ、仲穎将軍、李道将軍、郭遠将軍と共に軍議と参りましょう。」
「おう、もう二人とも来てくれているぜ。早速、始めよう。」
董卓の出している斥候の報告だと、今回の羌族は全部で一万強、半数以上は騎兵であるということだ。特に伏兵を配している様子もなく、平地に軍営を設けており、思いの外、弓矢の準備も充実しているという。
董卓が言う。
「羌族といえば、山岳戦が得意なはず。何故、今回は堂々と平地に構えているのであろうか。」
賈詡がこたえる。
「この金城郡は、もともと漢民族の人口も非常に少ない地域です。危険な地域ゆえ、ほとんどの者が武威郡に移住しています。そのため、羌族としては金城郡自体が自分たちの領土である意識が強く、普段から平地で放牧をして暮らしているくらいです。」
「なるほど、今回の羌族に関しては、平地が自分の庭である、と。」
「はい。どうやら、騎馬に加えて弓を得意としている様です。今回武威郡に近付いてきているのも、さながら狩りか何かのつもりなのかも知れません。」
「どうやら、我らをなめているようだな。許さぬ。」
董卓は憤る。その憤りを遮るかのように李道が言う。
「董卓殿、賈詡殿。基本的な作戦方針は賈龔将軍同席の軍議で決していると思いますが、新たな情報を得ての、追加や変更点などはあるのでしょうか。」
董卓が賈詡を見る。賈詡は頷いて話し始める。
「はい。まず、今回の戦いに、本軍である賈龔軍は積極的に参加する意思は無いようです。無論、こちらが危機に陥れば参戦するのは当然ですが、そうならない、との見立てのようです。」
三将軍は、頷く。賈詡は続ける。
「もし、敵が軍営を開いて騎馬戦で臨んでくるのであれば、十二分に相手をしてあげてください。戦力比較で負けることは無いと思います。この点、変更はございません。」
賈詡は更に続ける。
「しかし、軍営を閉じて弓矢での応戦をしてきた場合、少々厄介になります。」
「その場合は、どのようにするのだ?」
賈詡は、作成計画の説明を始めた。
まず、この先鋒三部隊を統括する董卓軍二千騎で軍営に向かって突撃を掛ける。相手が出てくればそのまま攻撃、しかし、弓矢で応戦してきた場合は、すぐに退却をする。
このやり取りを数日繰り返すことで、羌族に必ずや慢心が生じる。すなわち、弓矢での応戦に飽き足り、出陣したいという声が日に日に大きくなり、必ず、軍営の門が開く。
董卓が言う。
「その時に、突撃するのだな?」
「いえ、董卓将軍の隊は、お逃げください。」
「なに、また、逃げるのか?」
「はい。そうすれば、間違いなく追撃をしてきます。そこを、両翼を担う李道将軍と郭遠将軍で包み込みますので、董卓将軍、その後は反転してどうぞ、お進みください。」
「なるほど。俺は、賈詡殿の作戦に乗ろうと思うが、李道将軍、郭遠将軍は如何か?」
両将軍は頷き、作戦は決まった。
賈詡はこの作戦行動のあらましを、賈龔に伝えさせた。
賈龔軍は、はるか後方にて見守る、とのことであった。
―翌日―
作戦が決行される。
賈詡の見立て通り、こちらの軍が視界に入っても、羌族から動く気配はない。
作戦通り、鬨の声を上げて董卓軍二千騎が軍営に向かって突撃する。門が開くことなく、無数の矢が董卓軍を襲う。
盾で矢をかわしながら、退却をする。
これを一日三回、数日繰り返した。
賈詡の予想通り、羌族の強硬派の一派が出陣を主張し、族長はその声を無視できない様であった。
董卓軍の突撃開始と同時に、羌族の軍営の門が開かれた。
あちらからも、騎兵が董卓軍に向かって突撃してくる。
董卓は、とてもかなわぬ、退却しろ!と、全軍に退却命令を出した。
羌族の強硬派たちはそれ見たことかと、勢いに乗り追撃戦に入る。
その時、羌族の両わき腹をえぐる様に、李道と郭遠の軍が踊り込んできた。羌族は目の前の逃げる董卓軍のみを注視していたことで、あろうことか、李道軍と郭遠軍の存在に全く気付いていなかったのである。
戦況が変わったことを感じた董卓は、反転、攻撃態勢に入った。この作戦で一番我慢したのは、董卓である。この我慢を一挙に解放した董卓軍の強さはまさに想像を絶するものがあり、敵を蹴散らしながら、一直線に羌族の軍営に向かう。
羌族の軍営も、この様子を見てすぐに門を閉じて弓矢にて応戦すればいいものを、既に混乱をきたして逃げ出す有様であった。
勝負は決した。
賈龔軍本隊が出るまでもなく、董卓率いる先鋒軍で勝利を収めたのである。
賈詡は金城郡の郡境までの追撃戦を許可した。董卓軍が大暴れをしたのは、言うまでもない。
羌族一万は、壊滅したと言っていいだろう。
当分の間、金城郡も武威郡も西方からの羌族の脅威にさらされることは無いであろう。
董卓が賈詡に言う。
「文和よ、見事な作戦だった。快勝だ。」
「ありがとうございます。仲穎将軍の我慢の賜物です。」
「本当だぞ。本来なら、俺には合わぬ役回りだ。」
「しかし、将軍は演技がうまいですから。その演技のうまさは擬態を演じることとなり、将軍が思っている以上に、大きな武器となりましょう。」
「そんなものか・・・。よし、今日は勝利の宴だ!」
こうして、董卓を筆頭とした三将軍と、若き軍師賈詡の活躍により、金城郡の危機は去ったのである。董卓と賈詡の絆は、より深いものとなったのである。