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第17章 賈詡、静と共に作戦計画を立案する

 ―数日後―

 全軍の編成と役割分担が正式に決まった。

 

 賈龔と三将軍の連合部隊は西方に向かって進む。今回の敵となる異民族は「羌族」である。

 羌族は決して「一枚岩」ではなく、羌族の中でも争いがあるが、今回、張掖郡の西方を犯している滇豪率いる一派は、今までの羌族の中では考えられぬ大きな勢力となり、兵力はこちらと互角の五万人程度と考えられていた。

 

 賈龔は王武と賈詡、それに静を自分の軍営に呼んだ。そして言った。

 「羌族というのは、非常に厄介な敵だ。基本的には山岳戦を得意とするが、騎兵を用いての戦いも心得ておる。」

 三人が頷く。

 「しかし、騎兵での戦いであれば、我らは決して負けぬと考えている。故に、どうすれば、山岳地帯から羌族を引っ張り出せるか、というのを考えたいのだ。」

 王武が言う。

 「確かに、山岳戦では俺たちの最大の武器である速さを活かすことが出来ない。しかし、羌族もこちらが平地で戦いたいと思っているのは、百も承知だろう?それを引っ張り出すのは、かなり難しいんじゃないのか。」

 「そうだ。だからこそ、何か策を練らねばと、ひとまずはお前たちを呼んだのだ。」

 

「ひとつよろしいでしょうか。」

 静が言った。そして、続ける。


 「今回、羌族が大規模な侵攻をしてきた理由は、恐らく、深刻な食糧事情が原因だと思います。そこで・・・。」

 静の提案した策は、「食糧」をおとりとして、羌族の主力を平地に引っ張り出すというものであった。


 賈龔が賈詡に聞く。

 「詡よ。お前の師である静の提案はどうだ?」

 賈詡は拝礼してから答える。

 「現状できる策として、一番だと思います。師の言う通りで、今回羌族が欲しいのは金銀財宝でも土地でもなく、まさしく食糧。食糧を運搬する輜重隊の警備を薄くしておけば、罠かもしれぬと思っても、いずれは我慢できなくなります。」


 「なるほど。全軍の輜重隊の警備を薄くするということか。」

 「はい。念のため、各兵には二日分ほどの兵糧を持参させ、輜重隊の中身は偽物とします。本物の輜重隊の出発は、偽の下軍を出発させた二日後にすれば、こちらが食糧不足になることも避けられるでしょう。」


 賈龔はこの作戦を、段熲総督のいる軍営に提案をしに行った。

 一通り賈龔からの提案を聞いた段熲は、この策を採用することにした。段熲は言う。

 「賈龔よ、なかなか見事な策であるが、お前の考えか?」

 「いえ、実は・・・。」

 「実は、なんだ。申してみよ。」

 「我が家の家宰を務める静と愚息の詡の提案でございます。」

 「家宰と、そなたの息子の提案、か。中々面白い組み合わせからの提案だな。」

 

 賈龔は、自分の家の実情を放した。

 静の経歴、その静の経歴を気に入り賈詡の師としてつけ、二人がまるで師弟ではなく学友の様に学問に打ち込み研鑽を積んでいること。

 この説明を聞いて段熲は得心したようである。

  「そうか、その様な経緯があるのか。いいだろう。いい作戦は誰が立てようが、いい作戦だ。お主の言うとおりにしてみようではないか。」

 

 段熲は今回、三軍制を敷いていた。

 つまり、上軍・中軍・下軍の三軍である。

 

 上軍は先鋒を務め、賈龔が率いる。

 中軍は本軍と言える段熲率いるこの軍の中核である。

 下軍は後方、輜重隊と中軍の補助を役割とし、今回は段熲の長男と次男が務めている。偽の下軍を長男が、本物の下軍を次男が率いることになった。

 

 まずは平たんな道が続いた。

 羌族の姿は無い。

 しかし、近くの山間や森林といったところから、必ずこちらの様子は伺っておるであろう。まずは、賈龔率いる上軍が通過する。賈龔は上軍の輜重隊を最後方に配備し、うっすらとした護衛しかつけなかった。


 「さあ、羌族。わが隊の輜重隊は手薄だぞ。さあ、来るがよい。」

 賈龔はそう心の中で呟いた。


 今回の計略に賈詡が絡んでいると知った董卓は、自らこの偽計の主役になるべく、輜重隊の警備を買って出た。警備を薄くするのはもちろん、輜重の警備に回されて士気が低いような絶妙な演技まで隊全体で行っている。


 「仲穎殿は、なかなかの芸達者ですね。」

 賈龔の近くについている賈詡が言った。

 「ああ。なかなかの人物だ。羌族の風習などにも相当詳しい。将軍になる前に、単身、羌族の生活拠点に乗り込んで暮らしを共にしたこともあったらしい。」

 「それはすごいですね。」

 「うむ。なかなかできることでは無いな。敵を知り、己を知れば百戦して殆うからず、とした孫子も用間篇で間者について大いに示しているが、自らが敵地に乗り込むなどという発想はしていなかったであろうな。」

 「まさしく。仲穎殿は孫子の上を行く人だ。」


 さて、羌族の動きはどうか。

 彼らは、漢民族より優れた視力を持っており、遠方からこの一団の動きを観察していた。

 第一報として、上軍の輜重隊の警備が思いの外薄い、という報告が滇豪に挙げられていた。滇豪は言う。

 「輜重の警備が薄いなどありえん。我らを平地に引っ張り出すための策じゃ。捨て置け。」

 

第二報が入った。中軍である段熲の輜重の警備もそれほど手厚くない、という知らせである。

 「段熲といえば、その名を知らぬものがおらぬほどの名将。輜重の重要性を知らぬわけがない。誘いじゃ、捨て置け。」

 滇豪もさすがに一枚岩ではない羌族の多くを引き付けて反乱を起こしているだけあって、中々の人物である。


 しかし、予想外の第三報。

 「下軍、輜重本体もその警備は薄い模様。その物量は、上軍・中軍の輜重隊とは比にならないものです。」

 「捨て置け。」

 滇豪は即座に言おうとした。


 しかし、今回の反乱の目的は何を隠そう、食糧の確保である。一回、二回、と手薄な警備の輜重隊が通過できたことで、段熲はこちらを「どうせ何も出来ぬ」と侮り、輜重隊の警備に充てる分の兵士を戦闘部隊に配置したのだろうか。


 滇豪の中で初めて迷いが生じた。

 「捨て置け。」

 喉元までこの言葉は出てきているのである。

 しかし、言い切ることが出来ない。


 もし、罠でないのならば、この下軍の食糧は魅力そのものである。その量は、今まで通過させた上軍・中軍の合計の数倍はある、まさに輜重の本隊、である。

 滇豪は斥候に確認をする。

 「本当に、輜重隊の警備は手薄なのか。」

 「はい。こちらで確認したところ、各隊とも騎兵が先行し、輜重隊との距離も離れ気味です。特に、伏兵の気配も感じられません。」

 「ふむ・・・。」

 滇豪は考える。

 山岳戦であれば、いくら相手が名将段熲であっても、負ける気は無い。一方、平地戦であればどうであろう。

 無様に散ることは無い、とは言い切れる。

 しかし、「勝てる」と言い切る自信は無かった。

 滇豪は珍しく悩んだ。

 しばし、目をつむって熟考した。そして言う。


 「一軍、二軍は敵の下軍、輜重隊を急襲し、食糧を奪えるだけ奪い、帰還せよ!」

 とうとう、滇豪は策にかかった。


 滇豪の軍は、一軍から五軍、各一万の兵で編成をされていた。滇豪は三軍の指揮を執っている。一軍、二軍は息子たちが指揮を執っていた。

 出動したくて焦れていた息子たちは、嬉々として山岳、山林から飛び出し、段熲軍の下軍輜重隊を急襲した。輜重隊の兵達は、計画通り逃げ出す。その時、輜重に火が放たれた。

 

 ものすごい勢いで燃えている。食糧と思しき荷には油を含んだ藁をふんだんに詰め込んでいたのだ。

 この炎を見て、上軍、中軍から軽騎兵が一気に戻ってきて、滇豪軍に襲い掛かる。

 飛んできた騎兵たちはまさに上軍・中軍でも選ばれし者たちである。上軍は、賈龔自ら特攻をした。その後ろに続くのは、なんと、董卓であった。賈龔は恐ろしいまでの戦闘力を発揮し、滇豪軍の一軍、二軍ともに大混乱に陥っていた。

 

 賈龔は容赦なく羌族を刺し殺していく。賈龔軍の苛烈なまでの強さは、この戦場でも発揮された。負けじと董卓軍も奮戦をする。賈龔軍には及ばぬものの、それなりの活躍を見せ、大いに働いた。

 この一戦で滇豪軍の一軍、二軍は壊滅状態となり、戦いを維持できないと判断した滇豪は全軍に退却を命じた。


 追撃戦を展開したかった賈龔であるが、段熲総督より撤退命令がでたので、従った。

 こうして、静と賈詡が立案した作戦は見事的中し、段熲軍に大いなる勝利をもたらしたのである。

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