第10章 賈詡、学問に打ち込む
賈詡は十五歳になった。
静が賈詡の師になってから五年が経過した。
静は師といえども、自らも賈詡の師とし恥じぬ存在になるように、自らも想像を絶する学問の修養に励んだ。
この二人は師弟であり、学友であるともいえた。
兵法の議論などは、昼夜を忘れて行われ、その熱心さは目を見張るものがあった。
あまりの熱心さに、静の妻である礼は二人を心配した。
「あなた。賈詡様と励むのは結構ですが、お体も大事にしないと。」
「礼よ。我は賈詡の師であり、そなたは私の妻だ。賈詡様とよんではならぬと、賈龔様から言われたであろう。」
「わかっております、そのことは。私は二人のお体を心配しているだけです。」
「大丈夫だ。賈詡は我との勉学だけではなく、賈龔様に言われたように武の鍛錬も忘れておらん。体も健やかに成長している。そこも私はちゃんと見ているつもりだ。」
「しかし、毎日毎日、昼夜を問わずというのは・・・。」
「・・・。それだけ楽しいのだ、お互いにな。」
静は笑った。
静は礼には言っていないが、賈龔より賈詡の師になれと言われた後、かつての主人である白理に会いに行った。
静は白理に言った。
「旦那様。私が賈詡様の師になる、というのは・・・。」
「もちろん知っている。私も賛成だ。」
「しかし、旦那様のお力で、いくらでもいい師をおよびすることができるのではないでしょうか。」
「もちろん、できる。そなたより、高名で優秀な学者など、いくらでもいるからな。」
「それでは何故、そうなさらないのですか。」
「静よ。私はお前と礼の人間性をよく知っている。だから、白の姓をつけよ、とまで言ったのだ。」
「・・・。そのことには感謝をしております。」
「うむ・・・。賈詡には、学者になってもらいたいわけじゃない。その名に恥じず、言葉の力で羽ばたき、世の中の為に働いてもらいたいと思っている。」
「はい。」
「そこで重要なのは、もちろん文の力であるが、賈詡は黙っていてもその力は十二分につくであろう。」
「問題なのは・・・。」
「問題、とは。」
「人間性の育成なのだ。」
「それはどういうことでしょうか?高名な師に付けば、それこそ備わってくるものではないでしょうか。」
「いや、違う。そういった、上辺のものではなく、心から人を思いやれるような、何があっても揺るがぬ優しさ、心底の強さを身に着けてほしいのだ。」
「・・・。益々、私如きで出来ることではないと思いますが・・・。」
「いや、できる。お前にも礼にも、真心というのが備わっている。だから静よ、何も必要以上に気を張る必要は無いのだ。お前は師であるが、年の離れた学友になったつもりくらいでよい。ともに努力すればよいのだ。」
「年の離れた学友・・・。わかりました。それなら、できるかもしれませぬ。」
「頼んだぞ。」
この白理からの助言を受け、静は賈詡の師として、学友として、ともに歩んでいく覚悟を決めたのである。