第1章 賈龔、涼州へ行く
私が三国志で一番好きな軍師、賈詡文和の小説です。
賈詡に関する史料というのは非常に少なく、正史に登場してくるころには既に40歳を越しています。
そこを敢えて、父親と言われている(真偽は定かではありませんが)賈龔のとこも少し触れつつ、賈詡の少年期、青年期、壮年期、晩年期と分けて書いていければと思っています。
「賈龔、そなたを涼州武威軍の軽騎将軍に任命する。異民族から領土と民を守る重要な職務である。速やかに一族郎党を引き連れ、赴任せよ。」
「かしこまりました。」
ここは、兗州である。
賈龔の父は、兗州の刺史であったが、三年前に病にて他界した。
喪が明けてすぐに、今回の異動命令である。
賈龔の一族は、名士といえるほどの家柄ではないものの、儒学・学問を尊ぶ学者一族であった。
その中で賈龔は少し風変わりな存在で、学問を疎かにするわけではないが、どちらかといえば「武」に重きを置いている節があった。
実際、この界隈で軽騎兵を統率させて賈龔の右に出る者はいなかった。兗州は少しずつ世が乱れだしてきたこのご時世ではあるが、まだ、比較的安全な場所であったといえる。賈龔が相手にしてきた敵は、小規模な盗賊・山賊の手合いであった。
しかし、涼州はそうではない。
厳しい気候、地形の地であり、漢民族と異民族の土地が隣接していることから、異民族との小競り合いは日常茶飯事、時には大掛かりな戦に等しいくらいの騒動になることもあった。
賈龔はこの時二十八歳の働き盛りである。
まだ妻子はいない。
母親は父親の無くなる五年前に他界している。
兄弟もなく、そういった意味では天涯孤独といえる。
実際、現在の住まいには親族といえるものはいなかった。
家には父親の代から仕えている使用人などそれなりにいるが、特に涼州に伴いたいとも思わなかった。使用人との人間関係は、非常に希薄であった。
共に行くか否か聞いたところ、ほとんどがお暇を頂きたい、とのことだったので、賈龔は了承した。ただ、使用人の頭であり、家宰格である黄栄とその家族四名は帯同を申し出た。
その申し出に対し、賈龔は言う。
「黄栄よ。非常にありがたい申し出であるが、お前たちには頼みたいことがあるのだ。」
「なんでございましょうか。」
「そなたたち一家には、わが父と母、賈家の墓を守ってもらいたいのだ。」
「・・・。それは、こちらに残れ、ということでしょうか。」
「ああ、そうだ。墓守として仕えてほしい。むろん、給金は涼州から定期的に送らせてもらう。」
「・・・。かしこまりました。しかし、お一人ではいくら何でもご不便ではないでしょうか。」
「まあ、な・・・。まさか、全員が去るとは思っていなかった・・・。」
賈龔は自嘲気味に笑った。
黄栄は少し考えてから言った。
「・・・。実は、先代様の時から当家に出入りをしていた涼州の商人がおります。白理といい、何かと気付く男です。武威郡に店を構えておりますゆえ、その者に日々のことは任せるといいでしょう。私の方から文を出しておきます。また、一筆したためますので、そちらもお持ちください。」
「そうか、助かる。涼州に着いたら訪ねてみよう。」
涼州への旅支度は、黄栄一家がそつなくそろえてくれた。
今まで家人の働きなど気にしていなかった賈龔は、今更ながら、自分の生活はこうやって支えられていたということを知った。
―三日後―
賈龔は単身、涼州武威郡に向けて旅立った。