勇者は時として再び剣を握る
「お前ら、覚悟はできてるんだろうな」
静かに、けれど怒りの炎を宿したユキヒロの声音に、男たちは短く舌打ちを漏らしながら殴りかかって行った。
だが次の瞬間、彼らの拳は空を切る。
――そこに、ユキヒロの姿はなかった。
気づけば彼はもう、私のすぐそばにいて、そっと自分の上着を私に羽織らせていた。
その手つきは優しくて、でもその背中からは、魔王軍すら畏れたかつての“勇者”としての覇気がにじみ出ていた。
彼の怒りに満ちたオーラに気圧されながらも、残った男たちは再びユキヒロに襲いかかる。
するとユキヒロは足元にあった木の枝を蹴り上げて手に取り、それをまるで愛剣のように構えた。
「……悪いが、容赦しねぇぞ」
一閃。
振り抜かれた枝は空気を裂き、空に浮かぶ雲までも縦に引き裂いたような衝撃を生み出す。
その剣撃めいた一撃に、男たちは叫び声を上げる間もなく路地裏の壁に叩きつけられ、動かなくなった。
その姿は、まさに――魔王軍と戦っていたあの頃のユキヒロだった。
私の胸の奥に、あのときの記憶がよみがえる。
ユキヒロは無言のまま、怒りを宿した目を伏せ、私の元へ歩み寄ってきた。
怒ってる……当然よね。私が勝手に飛び出して、結果こんな目に遭って、迷惑かけて――
「あ、あの……ごめん、ユキヒロ……」
言葉を紡ぎかけたそのとき、彼はそっと私の身体を抱き上げた。
「帰るぞ、アリサ。遅くなって悪かった。……俺の配慮が足りなかった。ごめん」
「そんな、ユキヒロは何も悪くないよ。これは、私が……勝手に……」
私は俯きながら、彼の胸元に顔を埋めた。
すると、ユキヒロは優しく微笑んでこう言った。
「大事に至らなくてよかった。お前は――俺の仲間だから。……話は、帰ってからだ。転移魔法で戻るぞ」
「うん……ありがとう、ユキヒロ」
そうだ。あのときも、こうして彼は私を救ってくれた。
※
もうダメだ、魔力が……もう何も、出ない……!
魔物の群れが迫る。目の前の一体が、私に手を伸ばして――
その瞬間。
すべての魔物が、一瞬にして灰となって崩れ落ちた。
「お嬢さん、大丈夫?」
柔らかな声と共に、手を差し伸べてくれたのは――
「あなたは……? どうして私を助けてくれたの?」
「助けを求める声がしたから、駆けつけた。それだけさ。俺はユキヒロ、ただの勇者だよ」
そのとき、私は初めて“勇者”と出会い、そして――恋をした。
※
私たちはユキヒロの家へ戻り、玄関の前に立った。
私は改めて、彼の顔を見上げながら尋ねた。
「……どうして、私の場所がわかったの? あのとき、周りには誰もいなかったのに」
彼は変わらず、あのときと同じ表情で――優しい笑みを浮かべて言った。
「助けを求める声がしたから。駆けつけた。それだけだよ」
「……なにそれ、変なの」
私は思わず微笑みをこぼしてしまった。
と、そのとき。
「いい雰囲気なのはわかるけど、そろそろ中に入りなさい。周りの視線が気になるから」
家のドアが開いて、顔を出したのは――広だった。
「「は、はい……」」
※
「えぇ!? ここってユキヒロが元いた世界なの!?」
服を着替えたアリサは、驚愕しながらテーブルをばんっと叩いた。
俺はその勢いにちょっとだけ引き気味になりながらも、この世界のこと、広との関係、俺がここに戻ってきてからの出来事を説明した。
「てことは、ユキヒロって異世界から来た人だったんだ……広さんは幼なじみで、長い付き合いなんだね」
アリサがそう言うと、広は無言でアリサの前にショートケーキを置いた。
「広さん、これは……?」
「ケーキよ。ショートケーキ。異世界にはなかったかしら?」
「これが……ケーキ……?」
アリサは目を輝かせ、フォークでケーキをすくって口に運ぶ。
「おいしい……これが、こっちの世界のケーキ……」
その姿を見ながら、広がぽん、と俺の肩を軽く叩いてきた。
「ねぇ、アリサちゃんもユキヒロと同じ異世界から来たってことでいいのよね?」
「そうなるな。なぁ、アリサ。魔王城のあと、どうやってこっちに?」
俺の問いに、アリサは静かに語り出した。
※
魔王が倒れ、崩壊を始めた魔王城。
仲間たちと共に脱出していたそのとき、私は見てしまった。
ユキヒロが、謎の光に包まれて消えていく瞬間を。
ジンたちは気づいていなかった。だから、私だけがその光に飛び込んだ。
そして――気づけば、ここにいた。
※
「……悪い。お前を巻き込む形になって……」
アリサの話を聞き終えた俺は、彼女に頭を下げた。
「どうにかして、お前を元の世界に返す方法を探す」
「そんなこと……できるの?」
広が鋭く問いかけてくる。
「正直、わからん!」
「それじゃどうにもならないじゃない」
広は深いため息をつくと、アリサの方を見て言った。
「……なら、アリサちゃん。あなた、ここにいなさい」
「え?」
アリサは目を丸くして固まる。
広は少しだけ照れくさそうに、でも優しく笑った。
「帰る場所なんて、ないんでしょう? ここは異世界、あなたにとっては。だから、しばらく一緒に暮らしましょう」
「……いいんですか?」
「家事と料理、あと買い物に付き合ってくれるならね」
「……はいっ、ありがとうございます!」
こうして、異世界の仲間・アリサとの、奇妙な同居生活が始まった――。
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