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甘くて苦い帰宅

 ギリギリで面接会場に滑り込み、なんとか無事に面接を終えた。


「うわ、思ったより遅くなったな……」


 書店を出ると、空はすでにオレンジ色に染まっていた。


 広にはアリサのこと、どう説明しよう……。お詫びに何か買って帰るか? ――いや待て、そもそも金がないから面接を受けたんだった。


 買い物は断念し、人通りの少ない裏路地に入り込み、転移魔法を展開。自宅へ戻る。



 転移魔法で帰宅した俺は、アリサがちゃんと留守番できているか、そして広にはどう言い訳しようかと悩みながら、玄関のドアを開けた。


「ただいまー——っ!?」


 視界に飛び込んできたのは、広の靴と、それに並ぶアリサの靴。


 や、やばい……! これ絶対、殺されるやつじゃないか? さっきからやけに静かなのは、広が静かに殺意をため込んでるから――


 ……逃げるな。俺は悪くない。ただ助けただけだ、何もやましいことなんて――


 意を決し、ゆっくりとリビングの扉を開けた。


 そこで目にしたのは、テーブルに優雅に並べられたケーキと紅茶。そしてその奥、腕を組みながら無表情でこちらを見つめる広。


(どう説明する? いや、落ち着け……偶然助けただけだ。ちゃんと言えばわかってくれるはず……)


「あのさ、広、この子は俺の異世界の仲間で――」


 言いかけた瞬間、アリサがギロリと俺を睨みつけ、ずかずかと前に出てきた。


「ちょっとユキヒロ! なによこの人! なんであんたのそばにこんな美人で可愛い人がいるのよ!? ……絶対、愛人でしょ!」


 アリサは興奮気味に詰め寄ってくる。


 けれど、俺は目を合わせられない。だって、アリサの格好は――俺のシャツ一枚。いろいろと見えそうな、ヤバいスタイルだったからだ。


「お、おい、落ち着けって。ちゃんと説明するから。この人は――」


「ユキヒロの彼女です」


 微笑みながら爆弾を落としたのは、他でもない広だった。


「「はぁ!?」」


 俺とアリサの声が見事にハモった。


「おい広! 今は冗談を言ってる場合じゃ――」


 言い終える前に、アリサが俯いたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。


「……ひどい。旅の間ずっと……ずっとユキヒロのこと……っ」


 彼女は震える声でそう呟くと、涙を拭いもせずに部屋を飛び出していった。


「あら……ちょっと度が過ぎたかしら」


「広……お前な……とにかく、アイツを連れ戻してくる!」


 俺は叫ぶように言って、慌てて靴を履き、アリサの後を追った。



 ユキヒロのバカ、ユキヒロの大バカ!


 よりによって、あんな美人と暮らしてるなんて……私という、こんなに可愛い女の子がいるのに!


 夕焼けに染まる街を、私はシャツ一枚のまま駆け抜けた。


 服装なんてどうでもよかった。ただ今、私の中を渦巻いているのは――嫉妬。


 ユキヒロと出会ってから、私はずっと彼だけを見てきた。ダンジョンで死にかけたあの日も、異世界での旅の最中も。


 ――それなのに、なんで私じゃないのよ!


「なんでよっ!」


 感情が爆発し、私は声を張り上げた。


 その瞬間だった。何か大きな壁のようなものに、どんっとぶつかった。


「……あぁん? なんだよ」


 見上げた先には、大柄でいかにもタチの悪そうな男たち。三人組。


 あ……やばい。


「おいガキ、どこ見て歩いてんだよ」


 男の一人が、睨みつけながら革ジャンの裾をはたく。


「俺のお気に入りなんだけど? 汚れた分、どう落とし前つけてくれんの?」


 その瞬間、頭の奥で何かがフラッシュバックする。


 ――ダンジョン。仲間とはぐれて、魔物に囲まれたあの時。


 目の前の男たちの顔が、あの時の魔物と重なった。


「や、やめて……来ないで!」


「はァ? 自分からぶつかってきといて、被害者ヅラかよ?」


 取り巻きの一人が鼻で笑い、もう一人が私の姿をまじまじと見つめる。


「てかお前、その格好……誘ってんのか?」


「は、離してっ!」


 男の手が私の髪を掴み、顔を覗き込んでくる。


「へぇ、いい顔してんな。こっち来いよ、裏でゆっくり話そうぜ?」


 ――違う、やめて、やめて!


 私は反射的に杖を取ろうと腰に手を伸ばした。けれど、ない。


 そうだ……部屋に置いてきたんだった。


 どうしよう、魔法も使えない。逃げ場もない。


 ……このままじゃ、また――



 あの日の記憶が、脳裏を焼く。


 ダンジョンの奥深くで、私は孤独に魔物と戦っていた。何体倒しても、次々と湧いてくる魔物たち。逃げることも、助けを呼ぶこともできず、ただひたすら魔法を撃ち続ける。


 けれど、魔力は有限だ。


 尽きた瞬間、私の中の何かがプツンと音を立てて切れた。


(ああ……私、ここで死ぬんだ)


 食いちぎられ、引き裂かれて、誰にも知られずに、無残な姿で。


 だから私は――あのとき、諦めた。



 現実に引き戻される。


 今、目の前の男たちが、私の腕を押さえつけ、馬乗りになって――


「じゃ、まずは俺が楽しませてもらうか」


 その顔が、ゆっくりと近づいてくる。


 私は目を閉じ、心の底から祈るように、名を呼んだ。


「……ユキヒロ」


 その瞬間――


 馬乗りになっていた男の身体が、まるで爆風を受けたように吹き飛ばされた。


「ど、どうした!? おい、おいっ!」


 残った男たちが慌てて後ずさる。


「……お前ら」


 夕焼けの残光に照らされ、立っていたのは一人の少年。


 かつて魔王を打ち倒した、伝説の勇者。


 その目は怒りに燃え、まっすぐに奴らを睨みつけていた。


「俺の仲間に、手ェ出してんじゃねぇよ」

 

 そして、私がずっと想い続けてきた人。


 ――ユキヒロが、そこにいた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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