甘くて苦い帰宅
ギリギリで面接会場に滑り込み、なんとか無事に面接を終えた。
「うわ、思ったより遅くなったな……」
書店を出ると、空はすでにオレンジ色に染まっていた。
広にはアリサのこと、どう説明しよう……。お詫びに何か買って帰るか? ――いや待て、そもそも金がないから面接を受けたんだった。
買い物は断念し、人通りの少ない裏路地に入り込み、転移魔法を展開。自宅へ戻る。
※
転移魔法で帰宅した俺は、アリサがちゃんと留守番できているか、そして広にはどう言い訳しようかと悩みながら、玄関のドアを開けた。
「ただいまー——っ!?」
視界に飛び込んできたのは、広の靴と、それに並ぶアリサの靴。
や、やばい……! これ絶対、殺されるやつじゃないか? さっきからやけに静かなのは、広が静かに殺意をため込んでるから――
……逃げるな。俺は悪くない。ただ助けただけだ、何もやましいことなんて――
意を決し、ゆっくりとリビングの扉を開けた。
そこで目にしたのは、テーブルに優雅に並べられたケーキと紅茶。そしてその奥、腕を組みながら無表情でこちらを見つめる広。
(どう説明する? いや、落ち着け……偶然助けただけだ。ちゃんと言えばわかってくれるはず……)
「あのさ、広、この子は俺の異世界の仲間で――」
言いかけた瞬間、アリサがギロリと俺を睨みつけ、ずかずかと前に出てきた。
「ちょっとユキヒロ! なによこの人! なんであんたのそばにこんな美人で可愛い人がいるのよ!? ……絶対、愛人でしょ!」
アリサは興奮気味に詰め寄ってくる。
けれど、俺は目を合わせられない。だって、アリサの格好は――俺のシャツ一枚。いろいろと見えそうな、ヤバいスタイルだったからだ。
「お、おい、落ち着けって。ちゃんと説明するから。この人は――」
「ユキヒロの彼女です」
微笑みながら爆弾を落としたのは、他でもない広だった。
「「はぁ!?」」
俺とアリサの声が見事にハモった。
「おい広! 今は冗談を言ってる場合じゃ――」
言い終える前に、アリサが俯いたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。
「……ひどい。旅の間ずっと……ずっとユキヒロのこと……っ」
彼女は震える声でそう呟くと、涙を拭いもせずに部屋を飛び出していった。
「あら……ちょっと度が過ぎたかしら」
「広……お前な……とにかく、アイツを連れ戻してくる!」
俺は叫ぶように言って、慌てて靴を履き、アリサの後を追った。
※
ユキヒロのバカ、ユキヒロの大バカ!
よりによって、あんな美人と暮らしてるなんて……私という、こんなに可愛い女の子がいるのに!
夕焼けに染まる街を、私はシャツ一枚のまま駆け抜けた。
服装なんてどうでもよかった。ただ今、私の中を渦巻いているのは――嫉妬。
ユキヒロと出会ってから、私はずっと彼だけを見てきた。ダンジョンで死にかけたあの日も、異世界での旅の最中も。
――それなのに、なんで私じゃないのよ!
「なんでよっ!」
感情が爆発し、私は声を張り上げた。
その瞬間だった。何か大きな壁のようなものに、どんっとぶつかった。
「……あぁん? なんだよ」
見上げた先には、大柄でいかにもタチの悪そうな男たち。三人組。
あ……やばい。
「おいガキ、どこ見て歩いてんだよ」
男の一人が、睨みつけながら革ジャンの裾をはたく。
「俺のお気に入りなんだけど? 汚れた分、どう落とし前つけてくれんの?」
その瞬間、頭の奥で何かがフラッシュバックする。
――ダンジョン。仲間とはぐれて、魔物に囲まれたあの時。
目の前の男たちの顔が、あの時の魔物と重なった。
「や、やめて……来ないで!」
「はァ? 自分からぶつかってきといて、被害者ヅラかよ?」
取り巻きの一人が鼻で笑い、もう一人が私の姿をまじまじと見つめる。
「てかお前、その格好……誘ってんのか?」
「は、離してっ!」
男の手が私の髪を掴み、顔を覗き込んでくる。
「へぇ、いい顔してんな。こっち来いよ、裏でゆっくり話そうぜ?」
――違う、やめて、やめて!
私は反射的に杖を取ろうと腰に手を伸ばした。けれど、ない。
そうだ……部屋に置いてきたんだった。
どうしよう、魔法も使えない。逃げ場もない。
……このままじゃ、また――
※
あの日の記憶が、脳裏を焼く。
ダンジョンの奥深くで、私は孤独に魔物と戦っていた。何体倒しても、次々と湧いてくる魔物たち。逃げることも、助けを呼ぶこともできず、ただひたすら魔法を撃ち続ける。
けれど、魔力は有限だ。
尽きた瞬間、私の中の何かがプツンと音を立てて切れた。
(ああ……私、ここで死ぬんだ)
食いちぎられ、引き裂かれて、誰にも知られずに、無残な姿で。
だから私は――あのとき、諦めた。
※
現実に引き戻される。
今、目の前の男たちが、私の腕を押さえつけ、馬乗りになって――
「じゃ、まずは俺が楽しませてもらうか」
その顔が、ゆっくりと近づいてくる。
私は目を閉じ、心の底から祈るように、名を呼んだ。
「……ユキヒロ」
その瞬間――
馬乗りになっていた男の身体が、まるで爆風を受けたように吹き飛ばされた。
「ど、どうした!? おい、おいっ!」
残った男たちが慌てて後ずさる。
「……お前ら」
夕焼けの残光に照らされ、立っていたのは一人の少年。
かつて魔王を打ち倒した、伝説の勇者。
その目は怒りに燃え、まっすぐに奴らを睨みつけていた。
「俺の仲間に、手ェ出してんじゃねぇよ」
そして、私がずっと想い続けてきた人。
――ユキヒロが、そこにいた。
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