伝わらない想い
「——てな感じで、俺はなんとか魔王を倒してこの世界に戻ってきたわけ」
俺の話を聞き終えた広は、ジト目でこちらを見つめている。
「……やっぱり信じるのは無理ね。撤回するわ」
「ま、そうだろうな」俺は苦笑いを浮かべる。「別に信じてもらおうとは思ってないし、服を買いに行かないか?」
「そうね。フレンチトーストも食べ終わったし」広は立ち上がる。「お会計してくるから、ユキヒロは外で待ってて」
※
「お会計お願いします」
レジに向かいながら、胸に複雑な感情が渦巻いていく。
まさか、中高時代にずっと想い続けていた人と再会できるなんて。これも何かの運命なのだろうか。
脳裏に蘇る数々の思い出——一緒に海で遊んだ夏、ショッピングモールでの買い物、修学旅行での観光地巡り、何気ない日常での他愛もない会話。そして、あの人がいなくなってしまった日。
「お客様、大丈夫ですか?」
店員の声に我に返ると、頬に涙が伝っていることに気づく。
「あ、すみません……」
慌てて涙を拭う。馬鹿みたい、こんなところで泣くなんて。
ねぇ、ユキヒロ。覚えてるからね。中学で虐められてた私を救ってくれたあの日のこと。あなたが行方不明になってから、ずっとあなただけを想い続けてたこと。
そんな想いを胸に秘めたまま、会計を済ませた。
※
外で待っている間、俺は街の変化を実感していた。建物、看板、行き交う人々の服装——全てが8年前とは微妙に違っている。
なのに俺だけは、あの日から時が止まったままだ。
世界を救った勇者の末路がこれか。何とも皮肉なものだ。
「お待たせ」
店から出てきた広は、いつもの表情に戻っていた。
「すまん、お金は必ず返すから」
「働いてもいない人に言われても説得力ないわよ」
痛いところを突かれる。確かに俺は今、ただのニートだ。
「なぁ、広」
「何?」
「8年間も行方不明だった人間に、就職先なんてあるのかな?」
広は深いため息をつく。
「知らないわよ、そんなこと。とりあえず実家に帰って、8年間も心配させた家族に顔を見せなさい。就職の心配はそれからよ」
もっともな意見だ。俺たちは服屋に向かって歩き出す。
「そういえば広は今、どんな仕事してるんだ? 昔から憧れてた美容師?」
「大企業で課長やってるわよ」
「マジか、すげぇ!」
「すごくないわ。普通に努力してたら課長くらいにはなれるもの」
歩きながら、広の8年間について聞いた。志望大学への合格、美容師への道を親に反対されての方向転換、大企業への就職、そしてスピード出世——
「やっぱりすごいよ、広は。俺なんかより、ずっと充実した経験をしてる」俺は素直に感心する。「そうそう、彼氏とかできた? 高校時代は男子と距離置いてたけど」
「できたわよ……2日で別れたけど」
「あー……悪い、聞いちゃって」
「相手が一方的に迫ってきただけだから、気にしてない」
顔を逸らす広の表情は読めなかった。
※
服屋に入った瞬間、俺の脳裏に異世界での思い出が蘇る。
『ねぇ、ユキヒロ! これ私に似合う?』
魔法使いのアリサが、可愛らしいドレスを手に俺を見上げていた。
『似合ってるよ。アリサはどんな服でも可愛いな』
『そ、そんな直球で言われると恥ずかしい……』
『ユキヒロ』僧侶のジンが呆れた表情で口を挟む。『アリサを甘やかしすぎると後が大変ですよ』
『ジン! 私はもう18歳なの! 子供じゃないわ! それに……結婚だって……』
上目遣いでモジモジするアリサに、ジンは肩をすくめる。
『その発想が既に子供なんですよ』
『それ以上私を馬鹿にするなら、炎の魔女の名にかけて焼き尽くすわよ!』
確かあの後、二人は7ヶ月も口を利かなかった
※
「何ニヤニヤしてるのよ、他の女?」
広が俺の頬をつねる。
「な、なんで女の話だって分かるんだよ」
「女の勘よ」
「即答かよ……」
その後、広のコーディネートで服を2着購入し、ショッピングモールを後にした。
※
翌日の朝。
「はい、これ」
給料袋から取り出したお金と地図をユキヒロに差し出す。
「本当にいいのか?」
「いいから取りなさい。でも働いたら絶対返してよね。それと、早くご両親を安心させてあげて」
「広……ありがとう」
「またいつか会えるでしょ。だから、今日はお別れよ」
なぜか胸が締め付けられるような痛みを感じる。どうしてだろう——想い人を送り出すからだろうか。
「じゃあ、私は仕事だから。帰ってくるまでには出発してなさいよ」
「ああ、本当にありがとう。やっぱり俺……お前のこと好きだよ」
心臓が止まりそうになる。
「……もっと早く言ってほしかったな」
思わず呟いてしまった言葉に、ユキヒロが首をかしげる。
「え? 何か言った?」
「何でもないわ。それじゃあ、いってきます」
振り返らずに歩き出す。振り返ったら、きっと涙が止まらなくなってしまう。
結局言えなかった……『私も8年前からずっと好きでした』なんて。でも、これできっと正解よね。今更そんなこと言っても、お互いを困らせるだけ。
きっと、これが最善の選択。
電車の中で、スマートフォンを取り出す。ニュースアプリを開くと、目に飛び込んできたのは——
「通り魔事件、犯人逮捕」
記事には氷に包まれた犯人の写真と、『謎の男が魔法を使用?』という目撃証言が複数掲載されていた。いいね数は既に1万を超えている。
「魔法……異世界……」
ユキヒロを実家に帰して正解だった。そう思いながら、イヤホンを装着し、音楽に意識を委ねた。
※
1週間後——
休日の早朝、インターホンの音で目を覚ましてドアを開けると、そこには——
「ただいま、広!」
「え? ユキヒロ? なんで……」
大きなダンボールを抱えたユキヒロが、満面の笑みを浮かべて立っていた。
「俺、ここに住むことにした!」
「……はぁ?」
脳内が完全にフリーズした瞬間だった。
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