表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/31

伝わらない想い

「——てな感じで、俺はなんとか魔王を倒してこの世界に戻ってきたわけ」


 俺の話を聞き終えた広は、ジト目でこちらを見つめている。


「……やっぱり信じるのは無理ね。撤回するわ」


「ま、そうだろうな」俺は苦笑いを浮かべる。「別に信じてもらおうとは思ってないし、服を買いに行かないか?」


「そうね。フレンチトーストも食べ終わったし」広は立ち上がる。「お会計してくるから、ユキヒロは外で待ってて」


 ※


「お会計お願いします」


 レジに向かいながら、胸に複雑な感情が渦巻いていく。


 まさか、中高時代にずっと想い続けていた人と再会できるなんて。これも何かの運命なのだろうか。


 脳裏に蘇る数々の思い出——一緒に海で遊んだ夏、ショッピングモールでの買い物、修学旅行での観光地巡り、何気ない日常での他愛もない会話。そして、あの人がいなくなってしまった日。


「お客様、大丈夫ですか?」


 店員の声に我に返ると、頬に涙が伝っていることに気づく。


「あ、すみません……」


 慌てて涙を拭う。馬鹿みたい、こんなところで泣くなんて。


 ねぇ、ユキヒロ。覚えてるからね。中学で虐められてた私を救ってくれたあの日のこと。あなたが行方不明になってから、ずっとあなただけを想い続けてたこと。


 そんな想いを胸に秘めたまま、会計を済ませた。


 ※


 外で待っている間、俺は街の変化を実感していた。建物、看板、行き交う人々の服装——全てが8年前とは微妙に違っている。


 なのに俺だけは、あの日から時が止まったままだ。


 世界を救った勇者の末路がこれか。何とも皮肉なものだ。


「お待たせ」


 店から出てきた広は、いつもの表情に戻っていた。


「すまん、お金は必ず返すから」


「働いてもいない人に言われても説得力ないわよ」


 痛いところを突かれる。確かに俺は今、ただのニートだ。


「なぁ、広」


「何?」


「8年間も行方不明だった人間に、就職先なんてあるのかな?」


 広は深いため息をつく。


「知らないわよ、そんなこと。とりあえず実家に帰って、8年間も心配させた家族に顔を見せなさい。就職の心配はそれからよ」


 もっともな意見だ。俺たちは服屋に向かって歩き出す。


「そういえば広は今、どんな仕事してるんだ? 昔から憧れてた美容師?」


「大企業で課長やってるわよ」


「マジか、すげぇ!」


「すごくないわ。普通に努力してたら課長くらいにはなれるもの」


 歩きながら、広の8年間について聞いた。志望大学への合格、美容師への道を親に反対されての方向転換、大企業への就職、そしてスピード出世——


「やっぱりすごいよ、広は。俺なんかより、ずっと充実した経験をしてる」俺は素直に感心する。「そうそう、彼氏とかできた? 高校時代は男子と距離置いてたけど」


「できたわよ……2日で別れたけど」


「あー……悪い、聞いちゃって」


「相手が一方的に迫ってきただけだから、気にしてない」


 顔を逸らす広の表情は読めなかった。


 ※


 服屋に入った瞬間、俺の脳裏に異世界での思い出が蘇る。


 『ねぇ、ユキヒロ! これ私に似合う?』


 魔法使いのアリサが、可愛らしいドレスを手に俺を見上げていた。


 『似合ってるよ。アリサはどんな服でも可愛いな』


 『そ、そんな直球で言われると恥ずかしい……』


 『ユキヒロ』僧侶のジンが呆れた表情で口を挟む。『アリサを甘やかしすぎると後が大変ですよ』


 『ジン! 私はもう18歳なの! 子供じゃないわ! それに……結婚だって……』


 上目遣いでモジモジするアリサに、ジンは肩をすくめる。


 『その発想が既に子供なんですよ』


 『それ以上私を馬鹿にするなら、炎の魔女の名にかけて焼き尽くすわよ!』


 確かあの後、二人は7ヶ月も口を利かなかった

 

 ※

 

「何ニヤニヤしてるのよ、他の女?」


 広が俺の頬をつねる。


「な、なんで女の話だって分かるんだよ」


「女の勘よ」


「即答かよ……」


 その後、広のコーディネートで服を2着購入し、ショッピングモールを後にした。


 ※


 翌日の朝。


「はい、これ」


 給料袋から取り出したお金と地図をユキヒロに差し出す。


「本当にいいのか?」


「いいから取りなさい。でも働いたら絶対返してよね。それと、早くご両親を安心させてあげて」


「広……ありがとう」


「またいつか会えるでしょ。だから、今日はお別れよ」


 なぜか胸が締め付けられるような痛みを感じる。どうしてだろう——想い人を送り出すからだろうか。


「じゃあ、私は仕事だから。帰ってくるまでには出発してなさいよ」

 

「ああ、本当にありがとう。やっぱり俺……お前のこと好きだよ」

 

 心臓が止まりそうになる。

 

「……もっと早く言ってほしかったな」

 

 思わず呟いてしまった言葉に、ユキヒロが首をかしげる。

 

「え? 何か言った?」

 

「何でもないわ。それじゃあ、いってきます」

 

 振り返らずに歩き出す。振り返ったら、きっと涙が止まらなくなってしまう。

 

 結局言えなかった……『私も8年前からずっと好きでした』なんて。でも、これできっと正解よね。今更そんなこと言っても、お互いを困らせるだけ。

 

 きっと、これが最善の選択。

 

 電車の中で、スマートフォンを取り出す。ニュースアプリを開くと、目に飛び込んできたのは——


「通り魔事件、犯人逮捕」


 記事には氷に包まれた犯人の写真と、『謎の男が魔法を使用?』という目撃証言が複数掲載されていた。いいね数は既に1万を超えている。


「魔法……異世界……」


 ユキヒロを実家に帰して正解だった。そう思いながら、イヤホンを装着し、音楽に意識を委ねた。


 ※


 1週間後——


 休日の早朝、インターホンの音で目を覚ましてドアを開けると、そこには——


「ただいま、広!」


「え? ユキヒロ? なんで……」


 大きなダンボールを抱えたユキヒロが、満面の笑みを浮かべて立っていた。


「俺、ここに住むことにした!」


「……はぁ?」


 脳内が完全にフリーズした瞬間だった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
広さん!おめでとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ