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異世界転移

「ねぇ、さっきあの男を凍らせたのって……魔法よね?」

 

 デパート内のカフェで、広は紅茶カップを両手で包みながら、探るような視線を俺に向けてくる。

 

 あの通り魔事件の後、呆然と立ち尽くす広の手を引いて、俺たちは人混みから逃げるように現場を離れた。まさか本当に魔法が使えるなんて……やはり、あの女神の言葉は嘘ではなかったのか。

 

 アイテムボックスから巾着袋を取り出せたのも、氷魔法が発動したのも、つまりあの世界で身につけたスキルと魔法は、すべてこちらの世界でも使えるということだ。

 

 せっかく異世界から帰還できたというのに、なぜか完全に元の生活に戻った気がしない。それどころか、むしろ異世界の力を持ったまま現実世界にいる自分が、どこか中途半端な存在のように思えてしまう。

 

 それにしても、今後は人前での魔法使用は控えるべきだろう。あの時の周囲の視線——驚愕と恐怖が入り混じった人々の表情が、今も脳裏に焼き付いている。

 

「ちょっと、聞いてる? ユキヒロ」

 

「……これで信じてくれたか? 俺が本当に異世界から帰ってきたって」

 

「信じないって言いたいところだけど」広は深いため息をつく。「あんな光景を見せられて、信じない方がおかしいわよね。半信半疑だけど……半分だけ信じる」

 

 そして彼女は俺から視線を逸らし、頬をほんのり染めて言った。

 

「それより、ありがとう。助けてくれて……かっこよかった」

 

 その照れたような表情に、俺の頬も自然と緩んでしまう。

 

「ところで広、なんで俺を拾ってくれたんだ? あの時、酔っ払ってたんだろ?」

 

「……さあ、なんでかしらね」

 

 窓の外に視線を向けたまま、広は小さくつぶやく。

 

「昔好きだった人を、放っておけなかったからかもしれないわね」

 

 冗談めかした口調だったが、彼女の耳がほんのりと赤く染まっているのを俺は見逃さなかった。

 

「そ、そうか……」

 

 気まずい沈黙が流れる。その時だった。

 

「お待たせいたしました」

 

 タイミング良く現れた店員が、広の注文したアイスティーとフレンチトーストを運んでくる。俺の前に置かれたのは、氷入りの水だけ。経済格差を実感する瞬間だった。

 

 フレンチトーストを小さく切りながら、広が口を開く。

 

「それで……どうやって異世界に行ったの? まずはそこから聞かせて」

 

「そうだな。話は8年前に遡る」

 

 ※

 

 高校3年の下校途中、俺は一人の女性が大型トラックに轢かれそうになる瞬間を目撃した。考えるより先に体が動いていた。女性を突き飛ばし、代わりに俺がトラックの前に——

 

 次に気がついた時、俺は真っ白な空間に立っていた。目の前には、神々しいというより胡散臭い雰囲気を漂わせる美女がいた。

 

「えーっと、あなたは? ここはどこで、俺は死んだんですか?」

 

「あなたの勇敢な行動、見させていただきました♪ 自分を犠牲にして他人を救う——まさに勇者の資質ですわ!」

 

「ちょっと待って、人の話聞いてます? 勇者って何ですか? これってまさか——」

 

「はい! 異世界転移でーす☆」

 

 妙にテンションの高い美女は、キラキラした瞳で俺を見つめている。

 

「転生じゃなくて転移……って、生きてるなら元の世界に帰してもらえませんか? やり残したことが山ほどあるんで」

 

「それはダメです」

 

 即答だった。

 

「即答!?」

 

「だってぇ、今異世界は魔王軍の猛攻撃で大ピンチなんですもの〜♪ 毎日毎日、死者の魂の案内やら転生手続きやらで、私のお仕事が激増しちゃって……残業代も出ないし、上司の大天使様はうるさいし……」


 女神は大きくため息をつき、疲れた表情を見せる。


「それに最近は『勇者になりたい』なんて奇特な人、全然いないのよぉ〜。みんな『平和な異世界でスローライフを』とか『美少女に囲まれたハーレム生活を』とか、そんなのばっかり! 真面目に魔王と戦ってくれる人材不足が深刻なの〜」


 そして再び上目遣いで俺を見つめ、両手を合わせて拝むポーズを取る。


「だからお願い! あなたみたいな勇敢で正義感の強い人じゃないと、もう異世界は救えないの! 助けて〜」

 

 自称女神は上目遣いで俺を見つめ、わざとらしく手を合わせる。

 

「知ったことじゃない! さっきも言いましたが、俺にはやることが——」

 

「はいはい、そんなことはどうでもいいので」

 

 女神の表情が一瞬で変わった。営業スマイルが剥がれ落ちたような、冷めた瞳。

 

「あなたには異世界で勇者をやってもらいます。魔王を倒せば、元の世界に返してあげますから」

 

「勝手に話を進めるな! 第一、俺は死んでないんだろ? なんで異世界なんかに——」

 

「魔王討伐完了で帰還保証付き! 今ならチート能力も無料でお付けします!」

 

「だから嫌だって言ってるんだ! 俺には帰ってプレイしなきゃいけないゲームと、読まなきゃいけない漫画! ラノベ作家になるって言う叶えたい夢が——」

 

「おいガキ」

 

 女神の声が急に低くなった。さっきまでの甘ったるい口調が嘘のように、ドスの利いた声で続ける。

 

「テメェの事情なんざ知るかよ。魔王倒したら返すって言ってんだから、さっさと行けや」

 

 この人、本当に女神なのか? 俺の目には、目の前の存在こそが魔王に見えた。

 

「絶対に嫌です! 早く元の世界に返してください!」

 

 俺の必死の抗議に、女神は諦めたような表情を見せる。そして胸元から一枚の書類を取り出した。

 

「……分かりました。元の世界にお帰しします。こちらの書類にサインをお願いします。手続きの関係で」

 

 やっと帰れる! ワンピースの続きが読める! 新作ゲームもプレイできる!

 

 安堵と期待に胸を躍らせながら、俺は差し出された書類にサインした。

 

「はい、書きました! それじゃあ元の世界に——」

 

「はい、異世界行きの同意書もいただきましたし」

 

 女神の顔が、悪魔のような笑みに変わった。

 

「それでは異世界へ、いってらっしゃ〜い♪」

 

「はああああ!? まさか騙し——」

 

 慌てて書類を見返すと、一番上に大きく『異世界転移同意書』と書かれていた。

 

「ちょっと待て! これ詐欺だろ!?」

 

「魔王討伐、期待してますからね〜」

 

「おい! おおおおい!!」

 

 女神の手が光り、俺の体は白い光に包まれていく。

 

 こうして俺は、まんまと女神に騙されて異世界へと転移させられてしまったのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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