限界を超えた戦い
拳と拳が激突し、凄まじい衝撃波が周囲に広がる。
地面が割れ、アスファルトが砕け散った。
「ぐっ……!」
俺の拳が魔物の顔面を捉えるが、黒い鱗が硬い。
だが、魔物の方も俺の攻撃を受けて後退する。
「ケヒヒ! いいぞいいぞ! これだよ、これが欲しかった!」
魔物が狂喜しながら、再び突進してくる。
その速度は、先ほどとは比べ物にならない。
俺は咄嗟にエルドリスで受け止めるが、衝撃で体が浮き上がる。
そのまま、遠くのビルへと吹き飛ばされた。
「ユキヒロ!」
アリサの悲鳴が聞こえる。
だが、俺は空中で体勢を立て直し、ビルの壁に着地した。
「……強ぇな、完全に魔物化してやがる」
魔王級の魔石を取り込んだせいか、その力は本物だ。
下手をすれば、あの魔王と同等かそれ以上かもしれない。
だが――。
「俺は、あの魔王を倒した勇者だ。お前ごときに負けるわけにはいかねぇ」
俺はビルの壁を蹴り、再び魔物へと突進する。
エルドリスに魔力を込め、全力で斬りかかった。
閃光が走る。
魔物の左腕が、肩から切り落とされた。
「ギャアアアアッ!」
魔物が苦痛の叫びを上げる。
だが、すぐに切断面から黒い靄が溢れ出し、腕が再生していく。
「再生能力まで……厄介だな」
「ケヒヒ! どうだい? これが魔王級の力だよ!」
再生した腕で、魔物が俺を殴りつけてくる。
俺は短剣を虚空から取り出し、その拳を受け止めた。
火花が散る。
押し合いが続く中、俺は魔物の目を見つめる。
「なぁ、お前……本当にこれで良かったのか?」
「何を言ってる?」
「お前は人間だったんだろ? それを捨ててまで、俺を倒す理由があるのか?」
その問いに、魔物は――いや、元人間だった男は、一瞬だけ表情を歪めた。
「理由……? ケヒヒ、そんなもの……」
言葉を濁す。
その隙を見逃さず、俺は魔物の懐に潜り込み、腹部にエルドリスを突き刺した。
「ぐぁっ……!」
「答えろ。お前は何のために、ここまでする?」
刃を捻りながら問いかける。
魔物は苦悶の表情を浮かべながら、しかし――笑っていた。
「ケケケ……理由なんて、ないさ……。僕はただ、強い奴を倒したかっただけ……。それだけさ……」
「……そうか」
俺は短く答え、エルドリスを引き抜いた。
魔物の体から、黒い血が噴き出す。
「なら、お前を止める」
「ケヒ……止められるかな……?」
魔物が再び立ち上がろうとする。
だが、その体は傷だらけで、もう限界が近いのは明らかだった。
それでも――魔物は諦めない。
「まだだ……まだ終わってない……!」
黒い靄が、さらに濃密に魔物の体を包み込む。
その魔力は、もはや制御を失っている。
「おい、やめろ! そんなことしたら、お前の体が持たない!」
「うるさい! 僕は……僕は君を倒す……! それだけが、僕の存在意義なんだ……!」
魔物の体が膨れ上がっていく。
暴走した魔力が、周囲を破壊し始めた。
「クソ……! セシルス! 結界を!」
「もう展開してある! だが、この魔力を完全に封じ込めるのは無理だ!」
「なら――!」
俺は決断した。
もう、他に方法はない。
「みんな、離れてろ!」
そう叫ぶと、俺は魔物へと突進した。
エルドリスを両手で握り、全魔力を剣に込める。
「これで終わりだ――!」
光が迸る。
エルドリスから放たれた閃光が、魔物の体を貫いた。
「ギャアアアアアッ!」
魔物の絶叫が、夜の街に響き渡る。
そして――。
ドォンッ!
凄まじい爆発が起こり、周囲一帯が光に包まれた。
※
爆発の余波が収まると、そこには崩れ落ちた男の姿があった。
もう魔物の姿ではなく、ただの人間に戻っていた。
「ゴホッ……ゴホッ……」
血を吐きながら、男は虚空を見つめている。
俺はゆっくりと近づき、その傍らに膝をついた。
「……なぁ、最期に聞かせてくれ。お前の名前は?」
「名前……? ケヒ……そうだな……僕の名前は……」
男は力なく笑いながら、小さく呟いた。
「白川……白川航太……それが、僕の名前さ……」
「白川航太……」
俺はその名を反芻する。
この男にも、ちゃんと名前があった。人生があった。
「なぁ、白川……本当は、何がしたかったんだ?」
その問いに、白川は目を閉じた。
そして、最期の言葉を紡ぐ。
「僕は……ただ……認められたかった……。誰かに……必要とされたかった……。でも、僕には……何もなかった……。だから……力が欲しかった……」
「……そうか」
俺は黙って、白川の言葉を聞いた。
「君は……羨ましいよ……。仲間がいて……守るものがあって……。僕には……何もなかった……」
その声は、次第に小さくなっていく。
「せめて……最期くらいは……輝きたかった……。誰かに……覚えていてもらいたかった……」
そして、白川は静かに息を引き取った。
俺は彼の瞼を閉じてやり、立ち上がる。
胸の奥に、何とも言えない感情が渦巻いていた。
「ユキヒロ……」
広が駆け寄ってくる。
その顔には、涙が浮かんでいた。
「大丈夫か? 怪我は?」
「あぁ、大丈夫だ。心配かけたな」
俺は広の頭を撫でる。
そして、仲間たちの方を振り返った。
アリサ、ジン、アイラ、セシルス――。
みんな、無事だった。
「みんな……すまん。巻き込んじまって」
「何言ってんだよ、ユキヒロ。俺たちは仲間だろ?」
ジンが笑いながら言う。
「そうね。これくらい、当たり前よ」
アイラも頷く。
「私たちは、いつでもユキヒロの味方だよ」
アリサが優しく微笑む。
「さて……後片付けをしないとな」
セシルスが周囲を見回しながら言った。
戦いは終わった。
だが、これで全てが終わったわけではない。
まだ、青山という男が残っている。
そして、掃除屋という組織も。
「とりあえず、今日は帰ろう。今後のことは、また明日考えよう」
俺の言葉に、みんなが頷いた。
こうして、長い夜が終わりを告げた。
※
ビルの屋上から、俺は戦いの一部始終を見ていた。
リーダーが勇者と激しく戦い、そして――倒れる瞬間を。
「リーダー……」
小さく呟いた声は、風に消えていく。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるような感覚。
リーダーは、俺にとって唯一の居場所だった。
初めて、俺を必要としてくれた人だった。
だが――。
「悲しくないのですか?」
背後から、聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、そこには黒い靄を纏った男――青山さんが立っていた。
「……悲しくないよ」
俺は感情を押し殺して答える。
「リーダーもこれが本望だ。強い奴と戦って、全力を出し切って死ねたんだから」
「ふむ……そうですか」
青山さんは、俺の言葉を聞いて微笑む。
だが、その笑みは何かを見透かしているようだった。
「では、あなたはこれからどうするのです? リーダーを失った今、掃除屋としての活動を続けますか?」
「……それは」
言葉に詰まる。
正直、もう何をすればいいのか分からない。
リーダーがいない掃除屋に、意味はあるのか。
リーダーがいない俺に、存在価値はあるのか。
「まぁ、焦る必要はありません。ゆっくり考えればいい」
青山さんはそう言って、俺の肩に手を置いた。
その手は、不思議なほど冷たかった。
「私はまだ、あなたに期待していますよ。高宮さん」
その言葉を残して、青山さんは闇に消えていった。
一人残された俺は、再び戦場を見下ろす。
勇者たちが、白川の遺体を囲んでいるのが見えた。
「……リーダー」
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