反撃の刻
紅い魔力が俺の体を包み込む。
周囲の空気が振動し、砕けたガラスの破片が宙に浮き上がった。
「ユキヒロ……」
広の不安そうな声が聞こえる。
だが、今は立ち止まれない。
「みんな、離れてろ」
短く告げ、俺は地面を蹴った。
音速を超える速度で、リーダーの男へと肉薄する。
「ケヒッ! 来たか!」
男も俺の魔力をコピーしたせいか、その動きは常人のそれを遥かに超えていた。
だが——所詮はコピー。本物には及ばない。
俺の拳が、男の顔面に直撃する。
ゴッ——鈍い音とともに、男の体が吹き飛んだ。
それでも男は空中で体勢を立て直し、着地する。
「ケケケ……やるじゃないか! でもね、僕はまだ本気じゃないんだよ」
言葉と同時に、男の体から黒い靄が溢れ出す。
——何だ、あれは。
「青山さんから貰った、特別な魔石のおかげでね。僕の体は、もう人間じゃないんだよ」
黒い靄が男を包み、輪郭が歪む。
人間の形を保ちながらも、どこか異形じみた雰囲気を纏い始めた。
「ユキヒロ! あの男、魔石を体内に埋め込んでる!」
セシルスの声が響く。
「魔石を……? まさか、自分の体を魔物化させたのか!」
「そういうこと! だから、人間とは思えない魔力を放っているんだ!」
なるほど、そういうことか。
この世界の人間が、異世界の力を手に入れた——それが、こいつの正体。
「面白いことするじゃねぇか」
俺は不敵に笑う。
「でも、それが何だ? 魔物になったところで、俺は魔物を倒してきた勇者だ。お前を倒すのに何の問題もねぇ」
「ケヒヒヒ! 強気だねぇ! じゃあ、試してみようか!」
男が地面を蹴り、突進してくる。
先ほどとは比べ物にならない速さ——だが、
「遅い」
俺は男の拳を片手で受け止めた。
「な……!?」
驚愕する顔を見ながら、冷たく告げる。
「勘違いするなよ。俺の魔力をコピーしたからって、俺と同じ強さになれると思ってるのか?」
「く……!」
「魔力ってのは、ただ持ってるだけじゃ意味がねぇ。それをどう使うか、どう制御するか——それが全てだ」
俺は掴んだ腕を軸に、思い切り投げ飛ばす。
男の体は回転し、遠くのビルへ激突した。
「ユキヒロ、すごい……」
アリサが呆然と呟く。
「でも、油断するな。まだ終わってない」
ビルの壁に叩きつけられた男が、ゆっくりと立ち上がる。
その体からは、さらに濃密な黒い靄があふれた。
「ケケケ……やっぱり君は本物だ。でもね、僕にはまだ切り札がある」
男が懐から取り出したのは——紫に光る、小さな石。
「これは青山さんから貰った特別な魔石。この世界に来た魔獣の、最も強力な個体から取り出されたものさ」
——まさか。
「お前、それを使う気か! そんなことしたら、体が持たないぞ!」
「ケヒヒ! 持つか持たないかなんて、どうでもいい! 君を倒せるなら、僕はどうなってもいい!」
男は迷いなく、魔石を口へ放り込んだ。
ドォンッ——!
凄まじい爆発音。周囲の窓ガラスが一斉に砕け散る。
黒い靄が竜巻のように立ち上り、男の姿を覆い隠した。
「ユキヒロ! あの魔力……魔王級だ!」
セシルスの叫びに、俺は舌打ちを噛み殺す。
「クソ……厄介なことになった」
靄が晴れる。
そこにいたのは、もはや人ではない“異形”。
全身を黒い鱗で覆い、背からは翼めいた突起、眼は赤く輝いている。
「アハハハハ! これが……これが力だ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!」
魔物と化したそれが、狂気の笑いを上げる。
「さぁユキヒロ! 今度こそ、本気で戦おうじゃないか!」
襲いくる巨影。
俺はエルドリスを構え直す。もう手加減はできない。
「仕方ねぇな……本気で行くぞ」
深く息を吸い、体内の魔力を最大解放。
紅い奔流がさらに激しく俺を包む。
「——スキル解放。伏魔天命!」
周囲の魔素が渦を巻き、俺の中へ集約される。
圧倒的な力が、全身を駆け巡った。
「行くぞ——!」
同時に地を蹴る。
二つの力が激突し、街へ衝撃波が走った。
勇者と魔物の、最終戦が——始まった。
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