静かな襲撃
紫の亀裂は、ジンとセシルスの結界によってどうにか閉じ込められた。残留する魔力のざわめきも収まり、街のざわつきは一旦落ち着きを取り戻す。
俺たちは広を連れて、喫茶店で一息ついていた。
「……やっと静かになったわね」
アリサがカップを揺らし、安堵と警戒の入り混じった目をしている。
「いや、静かすぎるくらいだ」
セシルスの低い声に、広が小さく身を縮めた。
「……もう勘弁してほしいわ。普通のカフェタイムを返してほしいくらい」
俺はそうぼやいた――その直後だった。
パンッ!
乾いた破裂音が窓ガラスを震わせた。
店内が一気にざわめき、客たちが悲鳴を上げる。
「……銃声?」
ジンが驚きに目を見開く。
外の路地には、黒いコートに身を包んだ数人が並んでいた。無言で銃を構え、冷たい光を放っている。
異世界の魔物ではない。だが、人間でありながら同じかそれ以上の殺気を纏っていた。
「……なんだ、あいつらは」
セシルスが低く呟く。
その集団の中央から、一人が歩み出た。
街灯に照らされ、影のように笑みを浮かべる男。
「やぁ……書店の青年くん」
「……っ」
思わず息を呑んだ。見覚えがある。バイト先で一度だけ顔を合わせた客――無口で、ただ不気味に笑っていた男。
「まさか、こんな夜にまた会うとはねぇ。……いやぁ、やっぱり縁って怖いね。切っても切っても、ほら、また繋がる」
男は芝居がかった声で、ゆっくりと両腕を広げる。
「……お前、誰だ」
「呼び名? そうだなぁ……“掃除屋”って呼ばれることが多い。世の中の不要物を片付ける係。……君が何に分類されるかは、今から決めるけどねぇ」
にたり、と唇の端を持ち上げる。
だが目は冷たく、感情の色が一切なかった。
「掃除屋……?」
アリサが小さく繰り返す。
「そう。お掃除。ねぇ、ユキヒロくん……君が勇者だって噂、本当なのかな?」
背中を冷たいものが伝う。どうして俺のことを知っている――?
「……あんた、何が目的だ」
「目的? はは、難しい質問だなぁ。掃除に理由を求める人なんているの? ゴミ箱に入れるとき、いちいち意味を考える?」
その言葉に、店内の空気が凍りついた。
広が怯えて俺の袖を掴む。アリサとジンは今にも動き出しそうだが、俺は手で制した。
「ここは日本だ。派手に魔法を使えば、大惨事になる」
「でも……!」
「剣で十分だ」
俺はゆっくり立ち上がり、鞘に収めたままの剣を握る。
リーダーと呼ばれた男が、楽しそうに笑った。
「いいねぇ。派手な花火はなし、か。静かなお掃除も、それはそれで美しい」
そして、指先をひらりと振った。
――銃声が夜を裂き、無数の弾丸が俺へと放たれた。
反射的に身体をひねり、鞘ごと剣を振る。
ガンッ! ガンッ! 鋭い火花が散り、弾丸が床へと弾き飛ばされた。
「なっ……!?」
掃除屋の一人が驚きの声を漏らす。
日本じゃありえない光景。剣で銃弾を弾くなんて、常識で考えれば不可能だ。だが、異世界で八年も死線をくぐってきた俺には、これくらいは朝飯前だ。
「くそ、銃なんかでやれると思うなよ!」
俺は喫茶店のテーブルを蹴り飛ばし、盾代わりにしながら間合いを詰めた。
カップが割れ、コーヒーが飛び散る。その匂いの中で、銃声と金属音が交じり合う。
「へぇ……やっぱり噂は本当だったんだねぇ」
リーダーは薄暗い路地に立ったまま、ひどく楽しそうに拍手を送っていた。
「勇者さま。魔法を封じても、その身体ひとつで人外じみた芸当ができる……うん、美しい。とても美しいよ」
「口先だけの化け物が……!」
アリサが杖を構えるが、俺は手で制した。
「使うな、アリサ! ここは街中だ」
「でもっ!」
「俺がやる!」
再び弾丸が飛ぶ。今度は横合いから。
俺は椅子を掴んで回転させ、盾代わりに受け止めると同時に前へ跳ぶ。
至近距離まで迫り、掃除屋の一人の手首を掴んでひねり上げる。銃が床に落ち、鈍い悲鳴が夜に混じった。
さらに踏み込む。鞘のままの剣で顎を突き上げ、別の掃除屋を一撃で昏倒させた。
「……あんたら、素人じゃないな。軍人崩れか?」
息を整えつつ呟くと、リーダーが笑う。
「ははは、素人なわけないだろう? みんな、“掃除”のために育てられた子たちさ。ほら、道具に素性なんて必要?」
ぞわり、と背筋が冷たくなる。
この男――人の命を命とも思っていない。
「ユキヒロ!」
背後から広の声。震えている。俺はちらりと視線だけを向け、彼女に短く告げる。
「大丈夫だ、必ず守る」
その言葉に、広が小さく頷くのが見えた。
「勇者さま勇者さま……」
リーダーは相変わらず楽しげに口ずさむように喋り続けている。
「その力をね、誰が掃除するのか。僕たちはずっと考えてるんだよ。勇者も、魔王も、怪物も――全部まとめて、きれいさっぱり」
「……てめぇ」
言葉の意味は不気味すぎて理解したくなかった。
残った掃除屋たちが一斉に襲いかかる。
銃を捨て、ナイフや金属バットを手にしたその動きは素早い。
異世界の魔物とは違う。訓練を積んだ人間特有の冷たさがある。
「まとめて来い!」
俺は地面を蹴り、迎え撃つ。
鞘でナイフを弾き飛ばし、回転しながら蹴りを叩き込む。
鉄パイプが振り下ろされる瞬間、剣を横に構えて受け止め、衝撃を流す。
その反動を利用して肘を打ち込み、一人を昏倒させた。
「す、すげぇ……」
ジンが呆然と呟いた。
だが、俺は油断できなかった。
リーダーはまだ一歩も動いていない。
ただ薄闇の中で、手袋を弄びながらこちらを見ている。
まるで、“試している”ように。
「ふふ……やっぱり期待通りだ。勇者は人の世でも怪物だ。……さて、そろそろ僕もお手伝いしようかなぁ」
その声と同時に、空気がぞわりと歪んだ。
人間とは思えない――冷たい殺気。
背筋を氷の刃で撫でられたような感覚に、俺は思わず剣を握り直した。
「……あの男、ただの人間じゃねぇ」
俺の直感が警鐘を鳴らしていた。
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