達せられるべき目的
「遅いですよ、リーダー」
廃墟と化したビルの一角。ひび割れたコンクリート壁に影が差し、そこに佇むのは黒いジャケットを羽織った銀髪の男――高宮だった。美しい髪が月光を反射し、荒んだ廃墟の中で異質に輝いている。俺が息を整えて近づくと、彼は薄く笑ってそう言った。
「悪いね高宮。ちょっと久々に“人間”という存在に感心してしまってね。遅れたよ」
「リーダーが人に関心……。それは驚きですね。どんな相手だったんですか?」
「バイトの子だ。店先を掃除していてね……その姿に、つい見惚れてしまった」
「……リーダーらしいと言えば、らしいですね」
肩を竦める高宮。その間にも、廃墟の静寂を破るように靴音が響いた。俺が通ってきた道の奥から、別の人物が現れる。
「これはこれは。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
恭しく頭を下げる。現れたのは、黒い靄を纏いながら洒落たスーツに身を包む異形――青山さんだ。その姿は人間離れしているが、不思議なほど社交的な笑みを浮かべている。
「いやぁ、ご丁寧な挨拶、嬉しいね!」
声は陽気だが、その靄の奥に覗く目は底知れぬ闇を孕んでいた。
「こうして再び顔を合わせたということは、ご依頼ですか?」
俺の問いかけに、青山さんは手を叩くようにして笑った。
「おお、鋭いね! そうそう。前にも言ったけど、この世界に侵略者が入り込んでいるだろう?」
「はい。耳にタコができるほど聞かされましたよ」
俺が皮肉を返すと、青山さんはフッと笑い、数枚の写真を差し出してきた。
一枚目には黒いライオンのような猛獣。毛並みは瘴気を撒き散らし、目は赤く爛れている。
二枚目は人型の怪物――人の形をしているのに、醜悪なオーラに包まれ、見るだけで吐き気を催すような異形。
そして三枚目には、その化け物に挑む一人の男の姿が写っていた。
「面白い写真ですね。これも異世界絡みですか?」
「うわー……なんだこの生物。見たことねぇな」
高宮が棒読みで呟くと、青山さんは楽しげに肩を揺らす。
「それは異世界で“魔獣”と呼ばれる存在。そして“魔神”と恐れられた怪物に挑む、“勇者”と呼ばれた人間だよ」
勇者――異世界の物語でよく耳にする言葉だ。だが今、こうして現実の写真に焼き付けられている。
俺は視線を落としたまま口を開く。
「……これも、あなたの世界の人間ですか?」
「そうだ。この男はかつて、私の世界の魔王を討伐した。名はユキヒロ」
「ユキヒロ……」
写真に写る顔。その輪郭、瞳の鋭さ――どこかで見たことがあるような気がする。霞がかった記憶を辿ろうとした瞬間、青山さんの声が割り込んだ。
「どうかしたのかい?」
「……いえ、なんでもありません」
曖昧に答えると、青山さんは次の話題を持ち出した。
「ああそうだ、この前渡した魔石の欠片。効果はどうだったかな?」
問われた高宮は無表情のまま、紫色に輝く石を取り出す。
「ええ。効果は絶大でした。持って動くだけで、身体が別物のように速く、力強くなった」
「おお! それは良かった! ……さて、本題に戻ろうか。写真の“ユキヒロ”という男。彼を殺してほしい。前に刺客を送ったんだが、どうも生き延びているようでね」
「なるほど。代金は?」
俺が問いかけると、青山さんは不敵に笑い、手の中から不気味なオーラを纏う手鏡を取り出した。
「これは探したい相手の居場所を特定できる。それだけじゃない。あの世界の品を好きに持ち込めるマジックアイテムさ」
「……面白い」
俺はその鏡を懐に収めた。立ち去ろうとした青山さんは、背を向けたまま振り返りもせずに言葉を残す。
「これで君たちの計画も進むだろう。互いに……ね」
「えぇ、それはもう――お互い様です」
⸻
※
「じゃあ俺、ゴミ出ししてからバイト行ってくる」
両手に大量のゴミ袋を抱え、俺はアリサと広に声をかけて家を出た。
――土曜日。今日も平穏無事であればいいが。
そんな甘い期待を胸に、ゴミを処理場に捨て、転移魔法で一瞬にしてバイト先へ移動する。制服に着替え、開始時間まで事務所で一息ついた。
「今日は店長、休みか……」
ウォーターサーバーで水を飲み干した瞬間、静かな扉がスッと開いた。
シフトの人間かと思って視線を向ける。
「あ、お疲れ様で――ッ!」
息が詰まる。そこに立っていたのは、黒いジャケットを纏った銀髪の男。アリサが言っていた“銀髪の男”の言葉が脳裏を閃光のように過ぎった。
「あ、本当にいた……」
銀髪の男は低く呟き、次の瞬間、信じられない速さで刀を抜いた。人間離れした斬撃の軌道――。
反射神経だけで、俺は虚空に手を伸ばし短剣を呼び出す。火花が散り、凄絶な斬撃を受け止めた。
「へぇ……やっぱり勇者だけあって、これじゃダメージにならないか」
――やはり、俺のことを知っている。
押し寄せる刀を力で押し返し、逆に相手の体を壁際へ叩きつけた。衝撃で事務所の壁が崩れ落ち、瓦礫が商店街の通りに転がり出る。人々の視線が一斉にこちらへ集中した。
「お前……なぜ俺を知っている? まさか、あっちの世界から来たのか?」
「教えるわけないでしょ。それより――自分の心配をしたら?」
「……ッ!」
腹部に熱。浅く切り裂かれた傷口から血が滲む。だが、怯んでいる暇はない。
流れる血を拭い、俺は短剣を握り直した。
「俺のスローライフ……いつになったら訪れるんだろうな」
皮肉交じりに吐き捨てた瞬間、互いに地を蹴った。
――刹那。
ぶつかる刃と刃。火花が眩く空を裂いた。
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