現実世界で魔法使えるの?
「異世界なんて……ラノベの読みすぎじゃない? その手の冗談、全然面白くないわよ」
「冗談じゃねぇって! ……それより、ここ本当に日本だよな?」
俺は机に身を乗り出し、抑えきれない期待を込めて広を見つめた。
彼女は呆れたように大きくため息をつく。
「日本以外の何だっていうのよ」
そうか——俺は本当に帰ってこれたんだ。やっと、やっと……。
「なぁ、あの有名な海賊漫画とか、休載で有名なハンター漫画とか、どうなった?」
8年分のブランクへの不安と、久しぶりの娯楽への期待で胸が高鳴る。
「ワンピースなら去年完結したわよ。ハンターハンターは相変わらず休載中」
「マジか!? ワンピース完結って——それじゃあアニメとかゲームは? スマホの新機種は? VRは普及してる?」
俺の矢継ぎ早な質問に、広は困惑の表情を浮かべる。まるで浦島太郎を見るような目だった。
「そんなことより」広は話題を変える。「昨日の夜、街灯の下で倒れてたのはなぜ?」
「ああ……魔王討伐の疲れで意識を失ってたんだ」
広は俺の額に手を当てて熱を測る。
「熱はないみたいね……魔王討伐って何よ」
まあ、そりゃそうか。8年間行方不明だった人間が「異世界にいました」なんて言っても、普通は信じないよな。
「それで、実家に帰る当てはあるの?」
「転送魔法があるから——あ、でも座標設定してないから使えないか」
「何それ、ゲーム用語?」広は眉をひそめる。「真面目に聞いてるのよ。つまり帰る手段がないってことよね? 本当なら今すぐ家族の元に送り届けたいけど、私もお金がないの。しばらく私の家にいなさい」
「お金なら持ってるぞ」
俺は虚空から巾着袋を取り出し、金貨を20枚ほど机に並べた。
広の目が点になる。
「……どこの国の通貨よ、これ。というか今、どこから取り出したの? 手品?」
「信じてもらえそうにないから、手品ってことで」
「つまり一文無しってことね、よく分かったわ」
「手厳しいな……」
「仕方ないわ。給料日前だから贅沢はできないけど、最低限の服くらいは買ってあげる。その格好じゃ変質者扱いされるもの」
広は俺に普通のシャツを差し出した。
「着替えなさい。朝食も外で食べましょう」
彼女自身も洗練されたカジュアルスタイルに着替えて現れる。やはり8年の月日で、彼女はずいぶんと大人っぽくなったんだな。
「行くわよ、ユキヒロ」
「ああ」
※
街に出て、俺は改めて現実を実感する。高層ビル群、行き交う車、スマートフォンを手にした人々——全てが懐かしく、同時に少しだけ進歩していた。
「本当に日本だ……」
「さっきからそればっかり。で、異世界で何をしてたって言うの?」
広の半ば呆れた視線を受けながら、俺の記憶は8年前に遡る。
あの世界で俺は勇者だった。4人の仲間と共に数々の冒険をこなし、様々な街や村を救ってきた。ダンジョン攻略、魔王軍との戦闘、王国の危機——まさにファンタジー世界の勇者そのものだった。
※
『よし、ダンジョンボスを倒せばクリアだ』
最深部の巨大な扉の前で、俺は仲間たちに声をかけた。
『ユキヒロ……もしよろしければ、この後お時間を——』
魔法使いのアリサが何かを言いかけた時、カチリと音がした。
『あ……』
彼女の足元でトラップが発動する。次の瞬間、背後の通路から大量のモンスターが雪崩のように押し寄せてきた。
『アリサ! 私たちが死んだら僧侶の私でも貴方を恨みますからね!』
僧侶のジンが血相を変えて叫ぶ。
『死んだら恨めないでしょ!』
『そんな場合か! 前に進むぞ!』
『追われながらボス戦なんて無謀よ!』
『立ち止まってる方が危険だ!』
※
結局あの時も、なんとかボスを倒して脱出できたが……あんなヒヤヒヤする体験は二度とごめんだ。
「ねぇ、聞いてる?」
「ああ、異世界の思い出を……」
「完全に上の空ね。人が真面目に聞いてるのに」広は軽く舌打ちする。「で、何をしてたの?」
「魔王軍から世界を守る仕事を」
「……やっぱりゲームのやりすぎね」
真面目に答えてるのに、なぜそう言われなければならないのか。
俺が肩を落とした時、前方から悲鳴が上がった。
歩いていた人々が一斉に立ち止まり、視線を向ける。人混みの向こうから現れたのは、両手に大きな包丁を握りしめた男だった。その目は狂気に満ちており、明らかに正常ではない。
男の視線が広を捉える。まるで獲物を見つけた肉食獣のように、彼女に向かって走り出した。
しかし広は、恐怖で身動きが取れずにいる。
「広! 逃げろ!」
俺の叫び声にも反応しない。
クソッ——この世界でも魔法は使えるのか? 試してみるしかない!
俺は広の前に立ちはだかり、突進してくる男に向けて右手をかざした。
「アイシクル・フリーズ!」
詠唱と共に青い魔法陣が空中に浮かび上がり、男の体を氷の鎧が包む。彼はその場で完全に動きを封じられた。
やはり使えた……この世界でも魔法が……。
安堵と同時に、周囲の視線が俺に集中しているのを感じる。
「大丈夫か、広?」
「ユキヒロ……今のって……」
彼女の震え声と、周りの人々の驚愕の表情。
しまった——人前で魔法を使ってしまった。
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