勇者の仲間たち
ユキヒロ達と別れたあと、私とアイラ、ジンは街から離れた人気のない山奥へとやって来ていた。
夕暮れの空に照らされているのは、青く輝く魔法陣。
私はそれを見て思わず固唾を呑む。
なんせ、その魔法陣は普通の人間では到底成し得ないほどに精巧で高精度に作られていたからだ。
「これが……転移魔法陣……」
ジンも驚愕の目でそう呟いた。
一方のアイラは見慣れた様子で、私たちに問いかけてくる。
「本当にいいのね? この魔法陣を通って帰れば、しばらくはこの世界に戻ることはできない……その覚悟はできてる?」
その言葉に、私の脳裏に日常での思い出や、ユキヒロと広さんとの日々の記憶が過ぎる。
けれど、私の中ではまだ決心がついていなかった。
ユキヒロと広さんを見ていると、二人はお似合いに見えて――私だけが邪魔者のように思えた。
広さんはユキヒロの帰りをずっと待っていたのに、余所者の私が勝手に彼らの生活に入り込んでしまった。
そんな罪悪感から、私は「この世界に帰る」と言ってしまったのだ。
「アリサ、自分の本心にちゃんと従っているか?」
「え?」
ジンが魔法陣を見つめながら言った。
まるで、私がまだこの世界に未練を残しているかのような口ぶりで。
「自分の存在価値は他人に決めてもらうものじゃない。それに、すでにこの世界に自分の居場所ができたなら、無理して帰る必要はないと思う。……アリサ、お前は優しい娘だから、ユキヒロや広に気を使ってるんじゃないか?」
その言葉は、私の心の奥底に突き刺さる。
ジンの言っていることは、すべて私が抱いていた想いそのものだった。
よく思えば、ジンはいつも仲間たちに気を配って、私たちを見ていてくれた。
――これはジンなりの優しさなのかもしれない。
「……ジン、大丈夫。私、帰るって決めたからさ!」
それでも私は、気を遣って嘘をついた。
これが正しいと信じて、ユキヒロと広さんの幸せを願い、作り物の笑顔を浮かべる。
ジンとアイラは、それを見て優しく微笑んだ。
「お前がそう言うなら仕方ないな」
「さ、帰ろう。セシルスもおそらくまだ来てないだろうし。入れ違いになる前に行くぞ」
※
〈ユキヒロ視点〉
満月が色とりどりの街並みを照らす中、俺はビルの屋上で魔力感知を研ぎ澄ませていた。
微弱な魔力の気配を拾いながら、目を閉じて感覚を集中させる。
車の走る音、クラクション、人々の声。
雑多な音と優しく吹く風――。
眠らない街の喧騒の中で、俺は強い魔力の出現を感じ取った。
「来たな」
虚空から結界式を込めた魔石を握り、俺はビルの屋上から空高く飛ぶ。
ビル群の屋上を風を切って走り抜け、魔力が現れている場所へと辿り着く。
「まだ現れてないか……でも、この様子じゃ時間の問題だな。今のうちに展開するか」
俺は魔石を割り、粉々になった欠片を街中へと撒き散らす。
赤い粒が夜の街並みを覆うと、街にいた人も車も、すべての生命が外界へと押し出され――俺だけがこのパラレル世界に残った。
これでいい。俺が、この世界を守る。
覚悟を決めたその時――。
「……来たか」
十数階建てのビルの高さに、禍々しい紫の魔法陣が現れる。
そこから、邪悪な気配を纏った魔獣が顔を出した。
猛獣のようなその顔を見据え、俺は短剣を構える。
――瞬間。
俺は先手を打つように、魔獣の眼球めがけて短剣を投げ放った。
真っ直ぐに飛んだ刃は、魔獣に当たる寸前で――凄まじい爆音と共に煙に包まれる。
「ッ!」
煙の中から姿を現したのは、強大な魔力を纏った魔獣だった。
俺は咄嗟に防御態勢を取るが、その一撃で遠くのビル群へ弾き飛ばされる。
だが、ビルに激突する寸前で体勢を立て直し、側面に着地。
ターンを切るように壁を蹴り、再び飛び出す。
「この世界に迷い込んできてんじゃねぇよ!」
虚空から勇者の剣――エルドリスを取り出し、ビルの屋上に降り立つ。
同時に魔獣もこちらへ突進してきた。
禍々しい闇の鱗を纏った魔獣は、空高く舞い上がり、空一面に大量の魔法陣を展開する。
――さすがだな。魔王が欲しがる魔獣だけはある。
「でも、それだけじゃ俺は死なねぇ!」
俺は屋上を砕きながら飛び上がり、宙を舞う魔獣へと斬りかかる。
エルドリスの刃が黒い鱗に触れた瞬間――黒い稲妻が走り、俺の攻撃は弾き返された。
「……斬撃耐性持ちかよ!」
舌打ちしつつ、俺は魔獣を蹴り飛ばし地面へ叩きつける。
「仕方ねぇな。別の戦い方をするしかなさそうだ」
土煙の中から現れた魔獣は、唸り声を上げながらこちらを睨みつける。
「なぁ魔獣……俺が剣しか使えないと思うなよ」
俺はエルドリスを虚空に戻し、代わりに一冊の本を取り出す。
セシルスに伝授してもらっておいて正解だった。
そう思った瞬間、空に展開された魔法陣から幾千もの黒い稲妻が降り注いだ。
全てを焼き尽くす雷撃。
――それが十分間続いた後、焼け野原と化した地に、俺は無傷で立っていた。
「知ってるか魔獣。俺がどうして勇者になれたか」
土煙の中で静かに呟く。
やがて視界が晴れると、魔獣は驚愕の目で俺を見た。
そりゃあ驚くだろう。
今の黒い稲妻を――すべて、セシルスから譲り受けた聖書に吸収させていたんだからな。
「さぁ、反撃といこうか」
穿て白き槍。唸れ稲妻のごとく。
「――インビシブル・ボルト!」
その瞬間、聖書に吸収していた黒い雷が、白き幾千の槍となって魔獣へ降り注いだ。
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