勇者と幼馴染のOL
広と共にファミレスを出た俺は、ふとスマホで時間を確認する。
「もう昼頃か……」
俺がそう呟くと、広は微笑みながら言った。
「ねぇ、帰ったら私の手料理食べさせてあげる」
「まじか! すげぇ楽しみ!」
俺がそう言うと、俺の手が広の手と触れ合った。
その瞬間、俺と広はお互いを見つめ合い、なんとも言えない気持ちになる。
一方の広は頬を赤く染めながら言った。
「私、嬉しかったよ。ユキヒロが私を大切に想ってくれてるって知って……」
「――当たり前だ。お前は俺の大切な……言わせるのかよ、お前……」
思わず口を手で押さえ、胸の底から湧き上がる謎の恥ずかしさに口を閉じる。
それを見た広は優しく微笑むと、俺の手を解いて自分の唇を俺に重ねてきた。
その瞬間、周りのものがすべてスローに見えた。魔法やスキルじゃない。ただ、感覚が完全にスローになったように感じた。
広は唇を離すと、頬を赤く染めながら言った。
「言ってよ、好きだって」
「――ッ!?」
俺は思わず額に手を当て、歯を食いしばるように悶絶する。
「広、俺はお前が好きだ――これでいいんだろ!?」
「うん! 私も好きだよ、ユキヒロ!」
※
広と自宅に帰ると、彼女は満足げな顔で炒飯をテーブルに並べた。
さっきまでぎゅうぎゅうだった空間も、アリサやジンがいなくなったせいか、どことなく広く感じた。
少し物悲しい気持ちになっていると、広が口を開いた。
「ねぇ、ユキヒロ。今日あんたが戦ったあのでかい巨人みたいな奴、ニュースとかになると思ったのに、ならなかったね……街も普通に元通りだし」
広の疑問に、俺は難しい顔で答える。
「それはこの結界式を込めた魔法石を使ったからだ。魔力を込めて割れば、広範囲にパラレル世界を作れる。まぁ時間制限はあるし、少しの魔法の残滓は、見える人には見えるけどな」
「はーん、だからネットニュースにこんな記事あるんだ……」
そう言って広はスマホ画面を見せてきた。
そこにはアリサが最後に放った火柱が、はっきり映っていた。
やばい、完全にやらかした……今度こそ魔法は控えよう。
そう思っていた時、広は優しく笑って俺を見た。
「ねぇ、ユキヒロ。今度どこかデートに行こうよ」
「そうだな。遊園地とかどうだ?」
「ふふ、ユキヒロらしいね」
「そうか? 普通だと思うけどな」
そんな他愛もない会話をしていると、今この瞬間だけは俺という存在が、この世界に馴染んでいる気がした。
――そんな時だった。俺と広の間に割り込むように、とあるめんどくさい胡散臭い女神が現れた。
「あれ? さっきまでいた勇者のお仲間さんたちは?」
「テメェ、なに土足で勝手に上がってんだよ」
俺が虚空から短剣を取り出し、女神に向ける。
すると女神は動揺した様子で答えた。
「い、いやだって! 私の存在を忘れられてるかなと思って!」
その言葉を聞いて、広が俺の耳に小声で囁く。
「さっきから思ってたけど、この胡散臭い人、誰?」
「おい、聞こえてるぞ」
「コイツは俺を異世界に飛ばした張本人。女神ルシエル。あっちの世界では創造神として崇拝されてる、いわばバカ神だ」
「へぇ、なるほど!」
「だから聞こえてるって言ってんだろうが!」
ルシエルはそう言って俺の頬に指を押し付けながら続けた。
そして、何かを思い出したような顔をすると、俺を指差して言う。
「そうだ、貴方も気になってるでしょ? どうして私がこっちの世界に来て、現世に舞い降りたのか」
「え? 災厄とか厄介ごとを押し付けるためだろ?」
俺がそう言うと、ルシエルは再び俺の頬に指を押し付けてきた。
「違うわ、ボケ! それに女神を舐めるな! こっちだって暇じゃないのよ!」
「「暇そう……」」
「むきぃ!」
そして少し落ち着いた頃、ルシエルは口を開いた。
「この世界に危機が迫ってるの」
「危機? ゲートのことか?」
「違うわ。それよりもっと面倒なこと」
いつもはふざけてばかりで胡散臭い彼女だが、この瞬間だけは妙に真剣に見えた。
真剣な眼差しで、彼女はこう言った。
「この世界に、強力な魔獣が迫ってきてるの」
「は? どういう意味だよ」
「そのまんまの意味。どこかの転移魔法を通って来てるの」
「どこかの転移魔法って……この世界に来る転移魔法を出したのお前だから、お前が原因じゃねぇか!」
俺がツッコミを入れると、ルシエルは反論する。
「う、うるさいわね! 仕方ないでしょ?! 貴方をこの世界に帰すのだって急ぎでやってたんだから!」
「そういうとこが胡散臭いって言われる所以だろ!」
俺が言うと、ルシエルはムキになって顔を真っ赤にする。
「貴方ねぇ! さっきからバカ神だの胡散臭い神だの……いちいち私に不名誉なあだ名をつけないでくれる!?」
「事実だろ!」
俺と女神がそう言い合っていると、広が物凄い殺気を放ち始めた。
それを感じ取った俺もルシエルも、勇者や女神と呼ばれてきた存在でさえ、その気迫に思わず正座してしまう。
「ちょっと、話を整理しましょうか?」
「「はい」」
それから女神ルシエルは話を始めた。
「さっきも言ったけど、この世界に魔獣が来てる。私が作ったゲートを通ってね。おそらくユキヒロ、貴方が倒した魔王が密かに隠していた魔獣の一体だと思うの。私たち天使や女神はこの世界に直接関わることはできないから、お告げだけをしに来たの……本当は、私が送り込んだ魔界騎士をぶつけるつもりだったんだけど、ユキヒロたちに倒されちゃって……頼れるのは貴方しかいないの!」
女神ルシエルは珍しく真面目そうな顔でそう言うと、俺に向かって土下座した。
女神が人間に土下座……コイツにプライドってものはないのか?
「分かった……それで、その魔獣はどれくらいでこの世界に来るんだ? 時間があれば対策もできるし、一般人に被害を出したくない」
俺がそう言うと、ルシエルは冷や汗をかきながら頬を掻き、視線を逸らした。
「えーっと……今日の夜かな?」
「「……は?」」
女神ルシエル――こいつはやっぱりバカ女神だと再認識させられた。
そして、これ以上何か言われるのを恐れたのか、ルシエルは慌てて叫ぶ。
「あ、あとはよろしく! 私、そろそろ制限時間が来ちゃうから! 帰るね! バイバイ!」
「おい! 待てやー!!!」
俺がとっさにルシエルに触れようとしたが、彼女の体は粒子のように散って消えていった。
――あいつ、逃げやがった。……まぁいい。アイラたちにも『この世界を守る』って言ったんだ。俺がやるしかねぇか。
覚悟を決めた俺を見て、広はそっと俺の手に自分の手を重ねた。
「ユキヒロ……無理はしないでね」
「あぁ、死なない程度に頑張るさ」
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