もう1人の勇者の仲間
「あ、あの……そろそろ離してもらえませんかね」
寝る時さえも俺にぴったりとくっついて離れない広に、やんわりとそう声をかける。
「嫌……もうユキヒロには、居なくなってほしくないの」
切なげな声とともに、彼女はぎゅっと俺にしがみつく。その体温と微かな震えに、俺は何も言えなくなる。
そのまま、俺と広は布団の中で静かに寄り添いながら、夜を過ごした。
――その時だった。
「ねぇ、ユキヒロ……わ、私も一緒に寝ていいかな?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、アリサの遠慮がちで、それでいて必死な声。
「……お前もか」
「うん……私だって、怖かったんだもん。ユキヒロが……死んだとき」
ほんのわずかに震える声。その言葉に、俺は黙って頷いた。
「……すまん」
※
次の日の夕方。バイトを終え、俺はコンビニの袋をぶら下げながらスマホを開いた。
タイムラインには、見慣れないニュースの見出しが並ぶ。
『謎の裂け目、突如として消滅――その正体は?』
『街中で観測された“異界の門”、消失直前の映像が話題に』
――ゲート。あの、異世界特有のモノがこの世界に現れるなんて……。
画面をスクロールしながら、俺は思わず眉をひそめる。
……まさか、こっちの世界でも発生するとはな。
アリサがあの黒衣の男を倒したとはいえ、事態はまだ終わっていない。油断するには、あまりに不穏すぎる。
そんな思考を巡らせていたそのとき――
微かに、空気が揺らいだ。
懐かしい“魔力”の気配が、俺の肌をくすぐる。
思わず立ち止まり、その気配の方向に目を向ける。
「……アイツは……!」
俺はスマホをポケットにねじ込み、視界の先――交番の前に駆け寄った。
「だから! 私は勇者ユキヒロの仲間のジンなんです! 不審者なんかじゃありませんってば!」
聞き覚えのある声が、ガラス越しに飛び込んでくる。中では、警官二人に取り囲まれた金髪の青年が、必死に抗弁していた。
「いい加減にしなさいよ。名前じゃなくて、現住所と連絡先を教えてくれない?」
「だから! 私は目が覚めたらこの街にいて――!」
その瞬間、俺は交番のドアを開けて駆け込んだ。
「おい、お前……もしかして、ジンか?」
その言葉に、男の動きがぴたりと止まった。
次の瞬間、彼はゆっくりとこちらを振り返る。
そして、顔をくしゃくしゃに歪めながら、泣きそうな笑みを浮かべた。
「ユキヒロ……! やっぱりユキヒロだぁぁぁぁぁっ!」
涙を浮かべながら駆け寄ってくるその男――間違いない。あの、異世界で共に旅をした僧侶。俺の仲間、ジンだった。
「君、この人の知り合い?」
困惑気味な警官に、俺は適当な身元をでっちあげ、ジンを引き取ることに成功した。
※
交番の外に出た俺とジンは、夕焼けに照らされた道を並んで歩いていた。
再会の余韻が、言葉にできない静けさをつくる。
「そうか……アリサと一緒に仲良くしてるんですね。それは良かった」
ジンは少し目を細め、どこか安心したように笑った。
「ジン、お前はこれからどうするんだ? 俺はアリサをあの世界に戻す方法を探してるけど……」
「私もそうするさ。でも……ユキヒロは帰らないのか? あの世界に」
ジンの問いに、俺は気まずそうに視線を逸らした。そして、自分が元々この世界の住人だということを説明する。
「異世界転移……すごいな。本当にそんなことが実在するとは」
ジンは目を輝かせ、興味津々といった様子でこちらを見る。
「まぁ、そういうことなら、私はアリサと一緒に、あの世界に帰るとしようか」
「……お前、あの世界に帰る方法、知ってるのか?」
「知らん!」
「知らんのかい!」
思わずツッコミを入れる俺。ジンはふふっと笑う。
少し間を置いて、俺は聞いた。
「そういえば、お前……今日このあとどうするんだよ。泊まる場所とかあるのか?」
「うーん、まぁ適当に探してみるさ」
そう言いながら、ジンは虚空に手をかざす。
すると、チャリンという音とともに、大量の金貨が手元に落ちてきた。
「これくらいの金貨があれば、1年は寝泊まりができる」
「……なあジン。ここはこの世界の通貨じゃないと無理なんだよ」
「……本当か?」
「本当だ」
俺の言葉に、ジンは肩を落とし、しょんぼりとした目でこちらを見つめてくる。
だ、ダメだ……流石にこれ以上、広に迷惑はかけられない!
必死にどうするかを考えていると、ジンはふっと口元を緩めた。
「何、冗談さ。私は私で、住む場所を探すよ」
「……そうか。いつでも助けになるから、そのときは言ってくれ」
そう言って、俺はポケットから紙を取り出し、広と一緒に住んでいる家の住所を書いてジンに渡した。
それを受け取ったジンは、紙を大切そうに折りたたみながら、優しく微笑む。
「やっぱりお前は、どこまで行っても――頼りになる勇者だな」
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