異世界帰りの勇者、再び平和のために剣を握る
「逃げろ! 早く避難するんだ!」
王国の衛兵たちが叫び、混乱する街を走る市民たちを必死に誘導していた。
遠く、城壁の向こうから聞こえるのは、兵士の怒号と魔物の咆哮。戦場の音だ。
俺はその喧噪の中を走っていた。
「ユキヒロ! あなたはゲートへ! アリサと一緒に!」
声をかけてきたのはジン。額に汗を滲ませながら、魔導書を握りしめている。
「お前たちは?」
「この程度の襲撃なら、私たちでなんとかなる。今はゲートを……開ききる前に、止めてくれ!」
だがその矢先、俺たちの進行方向に、空気を震わせるような気配が現れた。
道の先と後ろ、両側から現れたのは、2体の異形の魔物――まるで戦場の大将かのような、異様な威圧感を放っている。
「ヴェハハハハ! お前らが勇者共か?」
前にいた魔物が、地を震わせる笑い声を上げる。
「残念だが、ここで死んでもらう。魔王様の命令だ。恨むなら……この世に生まれた自分を――ぐぼっ!?」
言葉を言い終える前に、俺は迷わず剣を抜き放ち、その魔物を真っ二つに両断した。
辺りに返り血が舞う。
「……なぁ、お前ら。何が楽しいんだ? 誰かの幸せを壊して、笑って……何が嬉しい?」
俺は剣先を地に向けながら、一歩、また一歩ともう一体の魔物に近づいた。
剣にこもる魔力を全開にして。
魔物は怯え、膝を震わせながら命乞いを始める。
「た、助けてくれ! オラたちはただの下っ端で……魔王様に無理やり従わされてただけで!」
その声に、心の中の怒りがほんの少しだけ揺らいだ。
俺は一瞬、剣を収め、肩を落とす。
「そうか……なら今すぐ仲間を連れて撤退しろ。そうすれば手は出さない」
だが――。
「ゲハハハハ! 甘ぇなァ! 敵に背中向けるとは、バカの極みだな!」
「ユキヒロ、後ろッ!」
「死ねぇっ!!」
殺気と共に振り下ろされる、巨大な刃。
それに合わせて、俺は鞘にかけていた手を一閃させた。
——風を切る音。鋼が斬る音。肉が裂ける音。
すべてが一瞬のうちに交錯し、次の瞬間、振り下ろされていたはずの刃と魔物の巨体は空中に舞い、後方にいた軍勢ごと吹き飛んだ。
「ジン、アイラ、セシルス……後は任せた。俺とアリサでゲートを止めてくる」
そう告げると、ジンたちは力強く頷く。
「「「任せろ!」」」
裂けゆく空。その中に赤い稲妻が走る。
アリサが浮遊魔法を展開し、俺たちはゲートの“裂け目”へと飛び込んだ。
※
ゲートの中――
崩れた瓦礫と赤黒い空の下、焦土と化した都市が広がっていた。
焼け焦げた建物。立ちこめる硝煙。皮膚に張りつくほどの熱気。
そんな中で、俺とアリサは無数の鬼のような魔物たちに囲まれていた。
「ユキヒロ、くるわよ!」
「わかってる。アリサ、支援頼んだ」
俺は剣を抜き、柄を軽く回す。その動作だけで、空気が震える。
剣に宿る魔力を最大限まで解放する。
瞬間――風が逆巻いた。
俺はそのまま地面を踏み砕き、鬼たちの群れへと跳び込む。
一閃。鬼の上半身が消える。
回転。背後からの突きを迎撃し、反射のように斬り払う。
一撃一撃が、まるで演舞のように滑らかで、そして凶暴だった。
炎を吐こうとした鬼の口に、剣を突き立てる。砕ける音と共に、首が飛んだ。
斧を振りかぶった巨鬼の腕ごと斬り落とし、逆手に抜いた短剣で眉間を貫く。
誰一人、俺の動きについて来れる者はいない。
どれだけの数に囲まれていようと、俺の歩みは止まらなかった。
「っはぁ……次」
呼吸一つ乱さず、次の敵へと目を向ける。
周囲には、動かぬ鬼の亡骸が山のように積まれていた。
五分――いや、三分だ。
俺はこの短時間で数百の魔物を、ただの一撃も受けずに葬っていた。
空気が変わる。気圧すら変動するほどの殺気が、俺の全身から放たれていた。
「アリサ、無事か?」
「えっ……あ、うん。え、ええと、すご……すぎて……」
魔法支援をしていたアリサが、呆けたように俺を見ていた。
その先、黒煙の奥に、不自然な静けさがある。
玉座。そこに座していたのは、巨躯の鬼――全身に魔力の鎧を纏った上位個体。
見上げるほどの巨体。その両手には、雷を纏った大斧。
「ほう……これほどの戦士が、まだ人間に残っていたか。面白い」
どこか誇らしげに語るその鬼に、俺はゆっくりと歩み寄る。
「威勢のいい演説は、戦場にはいらない。黙って消えろ」
「我は上位存在の配下、貴様らの魔王など――」
「知るかよ」
語り終えるより早く、俺の膝が沈み、次の瞬間には鬼の土手っ腹に蹴りが突き刺さっていた。
ドンッ――という爆音とともに、巨体が何十メートルも吹き飛び、瓦礫の山を貫通する。
「……これで終わりなら、つまらないな」
鬼が立ち上がる。背中には深い亀裂、口元からは黒い血。
「貴様……なぜそこまでの力が……!」
鬼は怒声と共に周囲に魔法陣を展開。
上空に浮かぶ数十の魔法陣から、雷撃の槍が俺めがけて一斉に放たれる。
その雷は、街の地形ごとえぐる規模だ。
「終わりだ! 人間ッ!!」
「……甘いな」
雷撃が直撃する瞬間、俺の姿が掻き消える。
次に鬼が目にしたのは、目前で雷を纏った自らの斧を――素手で止めている俺の姿だった。
「な、なに……!? う、動かない……!」
「その程度の雷で……俺が死ぬとでも?」
俺は片手で斧を受け止めたまま、空中に魔法陣を描く。
そこから現れるのは、俺が溜め込んでいた全魔力の奔流。雷の嵐。
「こっちは……本物の雷ってやつを、教えてやる」
放たれた雷撃が、鬼の全身を貫く。
数秒後――音もなく、鬼の上半身が崩れ、巨大な魔石だけが地に残った。
※
ゲートが音を立てて崩壊していく。
アリサと共に外へ飛び出すと、目に入ったのは――
瓦礫と血に染まった王都だった。
「……遅かったか」
俺は地に膝をつき、静かに拳を握る。
守れなかった者たちの顔が、瞼の裏に浮かぶ。
もう……二度と、誰も失わない
※
虚空から鞘に入った剣を取り出し、覚悟を決める。
この街を死守すると。
すると――背中に、優しくも力強い指先が触れた。
「……ユキヒロ」
「アリサ……」
「なぁに、一人で戦う気になってるの? 私は、あんたの支援役でしょ?」
彼女は、凛と笑った。
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