異世界帰りの勇者、書店の店員になります!
「採用……された、だと?」
俺はスマホの画面を何度も確認した。バイトに受かったという文面を、信じられない気持ちで眺める。
母の紹介で応募した都会の書店。正直、面接はボロボロだった。
「最近の漫画は全巻派ですか? 追いかけ派ですか?」
「え、えーっと……俺、8年くらい読めてなかったんで、未読派で……」
あの時の面接官の苦笑いが忘れられない。
それなのに。
『本が好きそうな目してたから、即採用。あと、声が通るのも大事だしね』
……なんで受かったのかは正直わからない。でも、やるしかない。
※
そして迎えた初日。
駅から徒歩五分。地元の人がよく立ち寄る、こぢんまりとした複合型書店。
エプロン姿で俺が店内に入ると、カウンターの奥から眼鏡の男性が顔を出した。
「やぁ、新人くん。ユキヒロくんだよね。今日からよろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
この人が、店長の倉本さん。年齢はたぶん二十代後半くらい。落ち着いた雰囲気で、柔らかい笑顔が印象的だった。
「まずは返品処理と棚整理から教えるね。レジ補助もやってもらうけど、慣れてからでいいよ。難しく考えなくて大丈夫」
「了解です!」
どこか、異世界の王都で就いた“魔導書庫の助手”みたいな懐かしさを感じながら、俺はバックヤードに入った。
※
それにしても、本の匂いっていいよな。紙とインクの混ざった、落ち着く香り。
異世界の魔導書はだいたいが重くて埃っぽかったけど、こっちは整ってて清潔で、ずっと楽だ。
「えっと、“この勇者が帰ってきた件について”は……“異世界帰還”コーナーか?」
店内のジャンル分けにも、なんとなく既視感がある。
俺の人生そのものみたいなタイトルが並んでるのは、ちょっと笑えた。
「ユキヒロくん、作業早いね。バイト初日とは思えない」
「あ、いや、その……昔、似たような書庫で、ちょっと修行を……」
「修行?」
「書架の魔物とか、日報に噛みつく精霊と戦いながら……あっいや、それは比喩で……!」
「……なんか聞いちゃいけない気がしてきたよ」
倉本さんはそう言って笑った。なんか……この人、好きだな。
言葉は柔らかいけど、ちゃんと空気を読んでくれる。
※
昼前の静かな時間。店内の奥から、鈍い音が響いた。
「ガシャーン!」
思わず顔を上げると、児童書コーナーで小さな子どもが、棚の上の方の本に手を伸ばしていて——
「やばっ……!」
大型絵本が、真上から落ちる。完全に、あの子に直撃コースだった。
俺は反射的に、右手を軽く振り上げて、指先に魔力を込める。
「ウィンド・フォール」
微細な風魔法。本の下に“風のクッション”を作るだけの、ごく小さな術式だ。
ドサッ、という鈍い音。
でも、落ちた本は子供のすぐ横。彼女は無傷だった。
「えっ……? 本が……」
母親と近くの客が驚いた顔をしていたけど、誰も俺が魔法を使ったとは気づいていない。
あくまで“うまく手で受け止めた”ように見えたはず。
「大丈夫か?」
俺がそっと声をかけると、女の子は涙目のまま頷いた。
「……うん、ありがと……お兄ちゃん」
「よかった……ケガしないで済んで」
魔物より、本の方が怖い世界って、ある意味すごいな。
でも、こういう風に異世界の経験が役に立つなら、それも悪くない。
※
夕方。バックヤードでの休憩中。
缶コーヒーを渡してきた倉本さんが、ふと口を開く。
「君さ……本、好きなんだね」
「えっ……まあ、はい。読むのも、並べるのも。なんていうか……“本”って、誰かの思いの形みたいで」
「……うん、わかるよ。それ」
倉本さんは笑って、自分の缶を開けた。
「俺さ、昔から本だけは裏切らないって思ってる。誰かの人生が詰まってるから、ちゃんと読まなきゃって思うんだよね」
「俺も……異世界で、似たようなこと思ったことがあります」
「異世界?」
「あ、いや、あの、海外の……古い図書館で……あの……旅の話でして……」
言い訳は苦しいが、倉本さんはそれ以上突っ込まなかった。ただ、ふっと目を細めて言った。
「君、ちょっと不思議な子だけど、悪くないよ」
……これ、褒め言葉だよな?
※
夜。バイトを終えて帰宅すると、アリサと広が出迎えてくれた。
「おかえり、ユキヒロ!」
「どうだった? 初めての書店バイト」
「うん……筋肉痛になりそうだけど、楽しかったよ。何より……本があるって、落ち着くなって思った」
「ふふ、真面目に働いて偉いじゃない。明日はお弁当作ってあげるわ」
「やった! 広さんのご飯、おいしいから嬉しい!」
「ちょ、アリサ……その距離感やめて! なんか先輩彼女みたいになってるから!」
そんな他愛ないやり取りが、どこか懐かしくて、心地よかった。
——魔王はいない。
——魔導書もない。
——でも、本と、仲間と、今日一日働いた疲労がある。
こういう日々が、“スローライフ”ってやつなんだろうな。
俺、少しずつだけど、ここで“生きてる”って実感が湧いてきた。
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