7 助手を雇う
事業の滑り出しはまずますだった。それほど積極的に宣伝をしたわけでもないのに、1日2件の仕事が来て、モンスターを倒す。弱いモンスターが相手でも、最低2万円の料金設定をしてあるから、1日2件も仕事があれば十分儲かるのだ。
仕事がないときには事務所でゲームをする。
事務所でゲームをやっていると、扉が開いて学校帰りのユキが入ってきた。
「お兄ちゃんいる?」
「おう、ユキか。いるぞ」
「業績の方はどう?」
「まあまあだぞ。就職するよりもずっと儲かる」
「よかったね」
「そろそろ人を雇ってもいいかなと思ってるんだ」
「そう言えばビルの前に募集の張り紙がしてあったね。応募は来た?」
「うん、実は、さっき電話があって、もうすぐその人が来る予定なんだ」
「え? そうなの? どんな人?」
「まだ電話で喋っただけだからわからないよ。面接をしてみて決めるつもりだ」
そんな会話をしていたら、ドアにノックの音が鳴った。
「おっ、応募の人が来たのかな?」
ドアを開けると、そこに立っていたのは、自衛隊みたいな感じの迷彩服を着た若い女だった。茶色い髪を後ろで束ね、その上に帽子をかぶって、牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡をかけている。
その人物は、びしっと敬礼をして、大声で叫んだ。
「じ、自分は、自分は、仕事の応募にまいりました。朝霧明日香でありますっ!」
「そんなに大声出さなくても聞こえるから……とにかく中に入って」
「失礼するでありますッ!」
朝霧明日香と名乗った女は、同じ側の手と足を同時に出すぎこちない歩き方で事務所に入ってきた。
「この人が応募の人?」とユキが言った。
「うん、そうみたいだ」と僕は答えた。
「なかなか個性的みたいな人ね」
「そう、だな……」
僕は朝霧を応接セットのソファーに座らせ、僕はその向かい側に座った。
「僕はこの事務所の所長の大間騎士、それで、こっちが妹のユキだ」
「どうも、ユキです」とユキがぺこりとお辞儀する。
「自分は、自分は、朝霧明日香でえええええありますッ!」
直立して背筋をピーンと伸ばし、敬礼しながら絶叫する朝霧。
「も、もうちょっと声のボリュームを絞ってもらえないかな?」
「わかったでええええええありますッ!」
やっぱり大声でそう叫んだ。
僕はユキと顔を見合わせた。
「とにかく面接をしよう」
「これが履歴書でええええありますッッッ!」
手渡された履歴書は、幼稚園児が書いたみたいなへたくそな字で、ほとんど判読不可能だった。しかもコーヒーか何かのしみがついていて、破れたところをセロテープで補強してある。
僕は履歴書を読むふりをしてから尋ねた。
「自衛隊みたいな恰好をしてるけど、自衛隊で働いてたの? それともただの趣味?」
「自分は、自分は、自衛隊に所属していたであります! けど、3日で首になったであります! それでお金に困っているであります! ぜひともここで働かせてもらいたいでありますッ!」
彼女が自衛隊に入れたことそのものが驚きだった。
「どうするのお兄ちゃん?」
「うーん、どうしよう……?」
「ぜひとも、働きたいであります。やる気はすこぶるあるであります! もう30件連続で面接に落ちているでありますッ! このままだと、家賃が払えなくて、自分は、アパートを追い出されるであります。背水の陣なのであります。うっうっうっ……」
朝霧は泣きだした。
「まあ、試しに雇ってみるか。悪い人ではなさそうだし……」
「ほ、本当でありますか! 感謝するであります! この朝霧、全力で働きたい所存であります!」
「本気なのお兄ちゃん?」
「まあ、異世界でもこれぐらい個性的な人はいたし、大丈夫だろう。よろしくね、朝霧」
「よろしくお願いするであります!」
「感無量であります! うっ、ううっ、う……」
朝霧は、直立の姿勢で慟哭した。
こうして僕の事務所に朝霧という元自衛隊員の助手が入ったのだ。