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桜まわし

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ついこの前に桜が咲いたかと思ったけれど、いまやすっかり葉桜状態だねえ。

 季節の移り変わりが早い、ひいては時間の流れが早い。人生経験が少ないうちは一年がとっても長く感じるけれど、歳を重ねてくると一年の密度は薄まっていくのにくわえて、いろいろなものに振り回されて短くなっていく。

 たいていは目の前のことと、先にあることで手一杯になり、それでいて問題がない時間が過ぎていく。けれども時には、過ぎ去ったものがこちらの足をとらえんとしてくることもあるわけだ。

 時、場所、場合、必ずしも当てはまるとは限らないが、頭の片隅に入れる知識は増やしておくに越したことはないだろう。

 ちょっと前、友達に聞いた話があるのだけど、耳に入れて見ないかい?


 この葉桜の時季を迎えると、友達の地元では「桜まわし」なるものを執り行う可能性があるらしい。

 運動会などで行う大玉ころがしに似ているが、ころがす大玉の中に条件を満たした葉桜を大量に詰めるところに違いがある。

 葉桜というと、ほぼ緑色に占められた葉っぱのイメージを持つ人は多いだろうが、条件を満たす葉桜は、形こそ葉っぱではあるが、桜が名残惜しくくっついたかのような桃色をしているのだそうだ。

 それらを見つけると、町のそこかしこに回収ボックスがあるらしく、そこへ花びらを拾って詰めていく。一週間ごとに回収されるそれらの中身が「桜まわし」に用いられるというんだ。


 友達の地元は田舎よりということもあり、大玉ころがしができるスペースに困らなかったという。

 そこかしこに設置されている消防用の道具が詰まった倉庫の中に、桜まわしようの大玉は存在しており、週に一度か、隔週に一度、例の葉桜が溜まったタイミングで行われたらしい。

 自由参加の有志の手によって行われ、かつ一年の限られた時期にしか出番がないということで、桜まわしに長いことかかわらない人も多いようだ。友達は休みの日に家でゴロゴロしていると、桜まわしに参加して来いとうながされて、しぶしぶ出ることがあったようだけどね。

 桜まわしに使われる大玉は、中が透けて見えるようなつくりになっている。おそらくは例の葉桜が入っているかどうか、大勢が確かめることができるようにだろう。


 静止しているときは重力に従い、桃色の葉桜たちが溜まっている。しかし、玉に入ったそれらは恐ろしいほど軽くなっているようだ、と友達はみた。

 いざ人が集まって玉をまわしはじめると、中の葉桜たちが紙吹雪か何かのように、ふわふわと玉の中を舞う。さほど勢いをつけていなくても、舞い上がった葉桜の多くは玉のてっぺんあたりまで浮き上がり、もし玉がなければ彼方まで飛んで行ってしまいそうなくらいだったとか。

 桜まわしは行う時間や回数などに、定まったものはない。中の桜たちの様子によって、判断が決まるんだ。


 不思議なことに、この葉桜たちは玉を回しているとどんどんその数を減らしていく。

 たとえ一枚一枚をしっかり数えていなくても、はじめから転がしている者の目で見て、明らかに中身がなくなっていくんだ。

 そうして葉桜たちが、すっかり玉の中の限られた空間の中で霧散するまで、玉は転がし続けられることになる。友達の経験だと1時間やそこらで終わるのが相場なのだけど、最長だと10時間ほどかかり、夜になっても完了しなかった時もあったとか。

 そしてこの桜まわしは、桜が霧散したところで終わるわけではなく、まだ段階が残っている。桜が完全に見えなくなったのを一同が確かめたあと、大玉の一ヶ所にあらかじめ設けておいた小さな穴の栓を抜くんだ。

 このとき、穴の入り口にはゴミ袋をきっちりとあてがっておく。そのうえで線を抜いて中の空気を丸まる回収していくようなことをするわけだ。

 そこに居合わせていたならば、栓を開ける前はしょぼくれていたゴミ袋が、開栓とともに一気に膨らむのが見えるだろう。それによって、あの消えた葉桜たちが確かに玉の中へ潜んでいたのでは、と思えてしまうのだとか。


 ゴミ袋が再びしょぼくれるのが確認されると、その口がきっちりしばられる。

 それらは用意されていた回収用のトラックで地域をまわってひとまとめにされて、処理場へ運ばれるのだとか。

 その処理場というものに、友達は行ったことがない。ただ、しかるべき手順を踏んでの処理が必要になるらしく、それを知る一部の人たちのみで執り行われる儀式めいたものとのこと。

 ただ首尾よくことが運んで、日中の間に終わると、空に桜の天の川が横たわるのだそうだ。

 彼方から流れてくる、桃色の煙。それは桜回しののちに集められた空気たちが焚かれたものだという。

 それらが上空高くにとどまり、長く長く伸びていって、夜空には早い天の川を作る……という流れを迎えられるのが、一年における吉兆のものらしい。

 夜だとさすがに見えないが、もしこれを満足に流せない年があるとよからぬことが起こると伝わっているようだ。

 友達が地元にいる間はなかったとのことだが、これから先はどうなるのだろうね。

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