審判の時
静まり返った部屋の中を見渡す矯太郎。
食器棚に、机と椅子が3つ並んでおり、きちんと整頓されている。
矯太郎がノートを読みふけっている間に、メイはここも掃除をしたのだろう。
あの少しだらしない父親には、ここまで整頓して使っているという印象が無かったからだ。
そんな家具などに使われている板材よりも、長年踏まれて固くなった床板の上に、矯太郎は正座させられていた。
「弁明を……!」
矯太郎が開きかけた口を閉じる。
メイの目に殺気を感じたからだ。
そういうモノを発することが出来る機構は備えていなかったハズなのだが、彼女が放つソレは、武術の達人か、親を殺された復讐者の様に、矯太郎にグサリと刺さる。
「私はずっと博士の事を犯罪者予備軍だと思ってきました。しかし、実質的には罪を犯すすれすれで思いとどまってくれていたので甘く見ておりましたが……やはり、犯罪者予備軍の行きつく先は犯罪者でしかないのですね。……メイは悲しいです」
正座したまま、かれこれ小一時間説教されている。
だがその程度でへこたれる矯太郎ではない。
「で、俺の何が犯罪だったと?」
殺気を搔い潜り、反撃を放つ。
「見た、触った、傷つけた」
「見たもダメなのか!? 法律が厳しすぎるぞ!」
メイはボケたつもりはないだろうが、茶化すように突っ込む矯太郎。
いつものようにふざけあう俺たちの横で困惑するライフパパ。
「傷つける──は流石に看過できませんよヨツメさん……」
怒っていいのか許していいのか、困ったような顔で頭をポリポリと掻く。
それもそのはず、当のライフがケロッとしているので、父親もどうしていいものやらと思案に暮れているようだ。
「まぁ親父殿の言うことも一理あるな」
「博士それは普通に犯罪ですからね?」
矯太郎とメイの異世界コンビには話が通じないと思ったのか、改めて心配そうな顔をライフに向ける父親。
「ライフ、本当にどうもないのか?」
「これと言って痛みはないよ、むしろ頭がスッキリしてるくらい」
不思議そうに体中のあちこちを見回すライフだったが、実際に体に変調は感じていない様子だ。
「調子が良いなら丁度いい──この曲がった首を何とかしてくれないか?」
矯太郎は先程メイに派手に蹴られた事で、首が90度程横を向いている。
鞭打ちのような状態で首を動かすと激痛が走るので、そのまま首を傾げたまま、説教を受けている状態だ。
「えっ大変じゃないですか! ……でも骨のずれや骨折なんかは、表面上の傷ではないので私では治せません、ちゃんとした治癒師に診せないと」
小一時間見てたはずなのに、今気付いたのかというライフの抜けた部分を感じながら。
あわてふためく彼女に対して、矯太郎は微笑んで応える。
「大丈夫、ライフ殿はもう立派な治癒師じゃないか、とりあえず君が診てくれないか?」
彼の言葉が無責任に聞こえたのだろう、ちょっとだけ頬が膨れたが、元来素直な子だ。
状態だけでも確かめようと近づく。
そのまま心配そうに患部を見ていた顔が、一気に青ざめ、すぐに興奮で赤くなった。
「えっ、何で!?」
そして驚きに目を見開いたまま固まってしまった。
「どうしたんだライフ」
パパがその不可思議な反応に声を掛けるが、ライフはそれに振り向きはせずに答えた。
「分かるの──この骨がどうなっていて、どうすれば治せるのかが分かるの!」
左手を矯太郎の頭の下に置きながら、ゆっくりと骨の位置を治すように動かしつつ、痛んだ神経をヒールで修復してゆく。
緑色の暖かい光が、いかにも優しく目に映る。
そしてそのまま矯太郎の首が元の位置に戻ると、ヒールをやめてそのまま呆然と座り込んだ。
「眼鏡を通して、ノートに書かれている情報を君の脳に送ったんだが──どうやらうまくいったみたいだな」
矯太郎はノートを読み解きながら、自分の眼鏡を媒介して【美少女が合法的に掛けてくれる眼鏡】に情報をインプットしていた。
本来は本人にその趣旨を伝え、合意の上でかけてもらうつもりだったのだが。
つい感情が先走ってしまったのである。
その辺はちゃんと矯太郎も反省はしているのだ。
ただ、彼には確信めいたものがあった。
矯太郎には理解できない魔法の知識と、ライフには理解できない医学の知識。
お互いにうまく補完して、彼女の頭の中ではノートが完成しているに違いない、と。
しかしライフには多少の戸惑いもある。
「私は何もしていないのに」
自分の力で勝ち取ったわけではない知識だからだろう。
もう得てしまったものだから、どこかで落としどころはあるだろうが。
それでも今は納得がいかないのかもしれない。
「じゃぁこれからやるといい」
矯太郎は、治ったばかりの真直ぐになった首を摩りながら、真直ぐな眼差しで口を開く。
「君のお母さんの代わりに、沢山の人を助けて、沢山の人を幸せにして、沢山の笑顔に囲まれて生きればいいじゃないか」
ライフ・グリンベルはきっと輝く未来を闇の先に見た。
しかし次の瞬間にそれが手の中に入ってくるとは思ってもみなかっただろう。
納得がいかないにしても、未来が手の中にあるという嬉しさだけは込み上げてくるのか、それが彼女に一筋の涙を流させるのだった。