試される
「これが王都?」
ライフが訝しそうに言葉にしたのも無理はない。
「そうですよ、王都は15年前にこの場所に遷都されたばかりですからね。まだまだ発展途上の街なんです」
一般的な駅馬車よりも豪華な内装の馬車に揺られ、兵士の一人が応えてくれる。
3日間とはいえ、家柄が高いのはローランドくらいのものだったので、わりと気安く会話の出来る仲になっていた。
「以前の王都は、魔導学校のあった場所だったんですが。先代の王が亡くなった際に、この場所に移したんですよ」
兵士の説明を聞きながら、矯太郎は図書館にあったこの国の歴史書に書かれていた内容を思い出す。
当初シグナールは広大な土地に、小さな街があるだけの貧相な国だった。
大半を魔物に占領されており、街にも頻繁に魔物が出没しているような。
そこに今の王の血筋であるドラグレイブ家が改革を起こす。
魔導学校の基礎を作り、筋力以外の戦う力を身に付けさせるという政策だった。
当初学園は国の運営となっており、学びたいものは自由に学べるように門戸を開いていたため、最下層の者でも能力があれば魔法を習得することができたという。
また、計算や社会性を勉強することで、商売などを始めるものも現れた。
こうして国は急激に富み、強くなっていった。
改めて目の前の街を見る。
なだらかではあるが、山の斜面に沿うように街が形成されている。
地盤の関係なのか、その建物の殆どは一階建てのため、密集具合は強いものの、都市といったイメージがない。
城下に当たるであろう麓の方では、ほたって小屋のような建物も多くひしめいており、ともすればスラム街のような様相すら見て取れる。
また、魔導学校のようなシンボルマークになりそうな大きな建物もなく、本来あるであろう、王の居住地──王城に当たるものも見受けられないからだ。
「大きな声では言えませんが、王様は変わり者なんですよ」
兵士は言葉通り、声のトーンを落として語る。
「前のままで良かったんです、こんな王都じゃ外交で訪れた他の国の大使に笑われちまいますから」
どうやら彼らにもそれなりの不満はあるようだ。
王の鶴の一声で選ばれたこの場所は、沢山の魔物がいる山だったそうで。
急にここにすると言われて、必死で魔物を退けて場所を確保したんだとか。
産業といえば石炭が取れるくらいだが、そういった炭鉱労働者ばかりの街は、王都の煌びやかさに似つかわしくない。
「どうしてここを選んだのか……若い頃は聡明で、今も賢王とは呼ばれて居ますが……」
そう言って兵士は、それ以上を口にはしなかった。
そんな愚痴を聞いているうちに、駅馬車はどんどんと傾斜を上がってゆく。
ここにも目抜き通りのようなものはあって、真っ直ぐに道が通っている。
後発で作られた街だからだろうか、区画整理がしっかりしている。
馬車がすれ違える広さの轍の残る土の道を挟んで、左右に人が歩く石畳。
その脇にはメインストリートに構える大手の店が並んでいる。
シャーリーの祖母であるベルガ・アルクウォールが住んでいた家のように、道に沿った店舗の奥には、傾斜に添って上方から水路が掘られているようだ。
休憩のために立ちよった店で、矯太郎が観察したところによると、ちゃんと上水路と下水路に分かれていた。
上水路は、地面に埋め込まれた半円状の焼き物の管で流れてくる。
気化熱により、若干冷たくなっている綺麗な水が提供されている。
外から見ると雑多で粗雑な作りに見えても、基礎の部分ではしっかりと機能しているようだった。
「それでは博士、くれぐれも粗相の無いように」
そう言って頭を下げるメイは、小脇にリンドを抱えている。
「やだやだ、僕はキョウさんと行くんだ!」
とぐずるリンドをここに置き去りにするためだ。
「私の分まで頑張ってくるのよ!」
何を頑張るのかはわからないが、シャーリーもその首輪の紐をメイに握られている。
「はい、頑張ってきます」
何を頑張るのかはわからないが、それに自称後輩のリリーが答えている。
今回の悪徳クラン検挙の主導を握ったリリーとローランド。
コカトリス討伐を報告しに行った矯太郎とライフの組み合わせで王様へ謁見するのだ。
本来コカトリスを一人で倒したメイもそこに居なくてはならない筈だが、シャーリーとリンドというパワフルな問題児を同時に相手できるのも彼女だけだと言う矯太郎の説得に、異を唱える事の出来る者はいなかった。
実際のところは、その強さの秘密が、彼女が人間ではないことに起因するというのを避けるためでもあったのだが。
「もうすぐです、あの尾根の部分、あそこが王宮です」
兵士が指差す先には、石造りの豪奢な門が見える。
近づくと精緻な細工が施されているのに気付くだろう。
それをもってしても、ここが他の建物とは一線を画す大切な場所であることを示しているようだ。
そんな王宮の入り口の門は、馬車が近づいただけで、待ち受けた他の兵士によってすんなりと開かれた。
「しっ、城に入るのに、検査とか無いんですか?」
王宮が近づいてから、にわかに緊張し始めたリリー・フロマージュが不思議そうに言うが、それを慣れたローランドが笑う。
「この馬車自体が王室御用達ですからね」
だが、矯太郎は考える。
それでは客人を殺してすり変わったり、兵士を脅して入ることも可能になってしまうと。
そして、ここまでの兵士の行動に不思議な点がなかったかを思い起こしていった。
「そういえば、毎朝国旗を付け直しているな」
国賓を輸送するためにも使うのだろう。
馬車の頭頂部には小さな国旗がはためいている。
それを兵士は夜のうちには回収し、朝になると付け直すのだ。
「例えば、ちゃんとした搭乗者ではない場合、この国旗の色が違ったり、逆さまになっていたりするという合図を決めていれば、中の者に気付かれないまま逃げれない場所で取り囲んでしまうことも出来るだろうな」
矯太郎は考察を口にしただけだが、あからさまに同乗する兵士が慌てた事で、確信を持ったらしい。
「まぁ推測にしか過ぎない。それにどうせ、合図も定期的に変えているのだろうし、あてずっぽうが当たっていても問題はないだろう?
」
動揺している兵士に笑顔を作って見せるが、矯太郎の笑顔ではその緊張を解すことはできなかったようだ。
考えてみれば、道中の会話もそうだが。
いち兵士が自分の仕える王様を『変わり者』等と言う訳がない。
ここの会話は御者をしている他の同僚にも聞こえている筈だ。
万が一不敬罪と取られれば、クビどころか、本物の首が飛ぶかもしれないのだから。
あの言葉はきっとわざと放ったもので。
それに乗るようだったら……反乱分子として処分されてしまうのかもしれない。
下手な言葉を言わなくて良かったと矯太郎は思うのだった。




