笑顔の食卓
何だかんだでボロボロで疲労困憊な矯太郎達が、常宿にしている月の木漏れ日亭へ戻ると、一足先に町へ戻っていたリリー・フロマージュと合流できた。
「町の憲兵には事情を説明して、あの廃坑へ行って貰いました。まぁ集めに集めた武器や防具があれだけ揃ってたら、誰がどう見ても犯罪者確定でしょうし」
そんなわけで一旦帰ってきていたようだ。
取り調べが始まる頃にはもう一度行かなければならないとリリーは面倒臭そうに言ってるが。
単純に矯太郎達が心配だったために、いったん抜け出してこの場所で待っていたのだった。
実際、矯太郎とライフはベッドに寝かされ、動けない状態だった。
「リリー、私が説明しに行くから、君は矯太郎さん達のお世話をしてあげてくれないか」
彼女の心持ちを察したのか、ローランドが面倒な役目をかって出てくれるらしい。
顔もイケメンだが、中身も働き者。
メイにも劣らぬ完璧超人かもしれない。
矯太郎はじわじわと痛む腹を気にしながらも努めて平静を装っていた。
リリーが用意してくれた、氷の魔法で作った氷枕で、患部の炎症を抑えながら、ひきつった笑顔で脂汗を流している。
すぐそばに、罪悪感に苛まれたリンドがいるからだ。
矯太郎が身を捩ったりする際に、痛みに顔をしかめると、耳が垂れ下がり悲しそうな顔をしながら謝るので、正直居ない方が楽……とは口が裂けても言えないでいる。
悪気は無いが、だからこそ邪険にも扱いにくい。
同じ部屋の別のベッドではライフが寝ていて、そこからは規則的な寝息が聞こえるので、そちらのほうは本当に心配するようなことはないのだろう。
きっと今、急ピッチでメイが料理を作っているに違いない。
それが届けばライフ元気になるだろうし。
矯太郎の治療も最後まで完遂して貰える筈だ。
「お待たせしました」
タイミング良くドアがノックされ開かれる。
メイが両手に皿を乗せて現れたのだ。
どうやら今回最後まで頑張ったライフのために腕を振るったらしい。
部屋の中に運び込まれた料理から美味しそうな匂いが漂ってくると、リンドもその鼻を犬のようにヒクつかせた。
「……まだ食べます!!」
匂いに釣られて、ライフがベッドから飛び起きた。
絶対夢の中でも何かを食べていただろうと思わせる寝言を叫びながら。
ふらふらだった筈の足取りはどこへやら、はね除けた布団がベッドに落ちる前には、皿が置かれたテーブルへと到着していたほどだ。
すでに両手にはスプーンとフォークが握られているし、なんならよだれも流れている。
「お食べになって宜しいですよライフ様」
「ぃたっきまぁ!」
この世で一番早い頂きますを言い終え、ライフはスプーンとフォークを熟練の双剣使いのように振り回して、食べ物を口に運ぶ。
同時に緑のお下げ髪もぶるんぶるんと振り回されていて、もはやレディの食事風景とは程遠いのである。
「少し魔力が回復されましたら、博士の負傷も治して頂けると幸いです」
メイは一心不乱に食事を続けるライフに、一言声を掛けると厨房へと戻っていった。
良い匂いが矯太郎の鼻腔をくすぐる。
香草で匂い消しされた魚の姿揚げの香ばしい香りだろうか。
それ以外にもサラダやパスタらしきものがテーブルには載っているようだ。
実際彼も腹は減っていたが、内蔵にダメージがあるのか、今食べると吐いてしまうと感じているようで。
ただただ横目でライフ・グリンベルのすさまじい食べっぷりを観察していた。
それが少しゆっくりになってきたなぁ等と感じた頃になって、ようやくライフが立ち上がったのだ。
どうやらこの腹の痛みともおさらばできそうだと矯太郎もほっと一息をつく。
目の前で地面に座ったまま彼を覗き込む、悲しそうな瞳ともお別れだ。
ライフは矯太郎の腹に向かって左手を伸ばした。
暖かい光がその手から放たれ始める。
だが反対の手では骨付き肉を食べているではないか。
食べながらの片手間ヒーリング。
せめて一時でもその手を止めれないだろうかと矯太郎は思ったが、少しでも早いタイミングで治してあげたいという気持ちの現れだろうと、この片手間感を飲み込むことにしたようだ。
2、3分で治療が終わったのだろう。
ライフは元の席に戻って、果実ドリンクを飲み干し、他の食材へとフォークを突き立てていた。
ほぼ同時に部屋の扉が開くと、メイが食事の追加を持ってきていた。
その手にはこの月の木漏れ日亭の看板料理である鳥の丸焼きも乗っているではないか。
「私なりにアレンジをしてみました」
と、昨日今日なのに早速チャレンジ精神を発揮したらしい。
その後ろからはシャーリーとリリーもその手に盆を持ってついてきている。
リリーもはじめは矯太郎を心配して近くに居たのだが、治癒師であるライフを目覚めさせるのが一番効果的だと気付いて手伝いに向かったのだ。
「先輩である私が手解きしなくちゃね!」
と、リリーが鼻息荒く出ていったが、彼女が居ない方が現場はうまく回るのではないかと容易に想像できた。
ようやく腹の傷も全快した矯太郎も起き上がったことで、リンドもぱっと顔が明るくなった。
「もう大丈夫だ、心配をかけたな」
と、座っているリンドに対して紳士的に手を差し出した矯太郎ではあったが、リンドは何を勘違いしたかその手に顔を擦り付けるような仕草をする。
まるで犬だ。
矯太郎は苦笑いしながらも、彼女の一種の好意の表しかたであり、謝罪だったり、安心だったり、そういうものの表現だと感じたらしく。
そのまま絡まった髪の毛の上から少し頭を撫でると、その手を背中に回して食卓までリンドを誘うのだった。
ようやく、その場の全員が賑やかな食卓を囲むことができた。
ライフ・グリンベルは最初ほどの勢いは無いが、未だに両手で食事を進めている。
口は1個しかないのだから、片手でもさほどスピードは変わらない筈だが。
リリー・フロマージュも魔法使いだからだろうか、やはりお腹が減っていた様子で。
一つの取り皿を綺麗に食べながらも、目線は次の食べ物を物色しているようで、ゆっくりなのにどこか落ち着かない食べ方だ。
シャーリー・アルクウォールは体が小さいからだろうか、一口も結構小さい。
ちょこちょこと少しずつ取り皿に盛りながら、あちらこちらの食べ物を一口ずつ食べている感じだ。
リンド・ウル・フェンリルの食べ方だけは、さすがの矯太郎も眉をしかめざるを得なかった。
何せ彼女は椅子に腰を下ろすと、足を顔の位置まであげ、その足にフォークを持たせて食事をしているのだから。
しかし、先ほどローランドから聞いた話だと、彼女の住んでいた地域ではこれが当たり前だったらしいので、今はそのマナーについては見過ごすことにしたのだろう。
矯太郎も病み上がりの空きっ腹にどんどんと食事を詰め込みながら、ふと箸を止めて顔を上げた。
ライフ、リリー、シャーリー、メイそしてリンド……
目の前の、それぞれの笑顔が花咲いている。
昨晩まではこの笑顔が失われかねない戦場に居たことが過ぎ去った悪夢のようだと感じた。
そこにいる全員が戦う力もない矯太郎を信じてくれたこと。
その結果今があるとするならば、自分はもっと信じるに値する人間になりたい!
そう心に誓う矯太郎。
人知れずその気持ちを強く抱えた。
ふいにメイと目が合った。
そういえば矯太郎の考えていることは読みやすいと、以前にメイが語っていたのを思い出したのだ。
さすがの矯太郎も、今の自分なりの宣言をメイが見透かした等とは思わなかっただろうが、それでも少し頬が熱くなるような気持ちになった。
メイの反応、その真意は分からないが。
ふっと華やぐような笑顔を彼に向けたのだ。
それは矯太郎が意図してプログラミングしたどの表情にも当てはまらず、彼の目に焼き付いたのだった。




