眼鏡をかけよう!
「──そうだ、眼鏡をかけよう」
その言葉に、場の空気が凍る。
ごくりと生唾を飲む者までいる。
いち早く口を開いたのはもちろんメイだ。
「おいたわしや、もはや死体にすら眼鏡をかけて興奮される程に病が進行していたとは……」
「まてまて! 俺を変態扱いするんじゃない! お前以外は俺をそこまでおかしいと思ってないぞ」
と大手を降って否定してみるも、そこにいる全ての人間が矯太郎と目を合わせようとしない。
ある意味一大事になっていた。
「これはとっても意味のある行為なんだ!」
「死姦などをご希望であれば、私どもは博士を一番に自警団に引き渡さないといけなくなりますが……」
「ええい、悲しそうな顔でさらっと酷い事をいうんじゃない! まずは話を聞け!」
矯太郎はふらつきながらも地団駄を踏んでメイを威嚇する。
一歩下がったメイが、何を言い出すのだろうという不信感が目一杯詰まった顔で彼を見ている。
何でこんな時だけ表情筋フル稼働なんだ!
と叫びたい衝動を矯太郎は抑えながら、できるだけ真面目な顔を作って、理路整然と状況を語って行く。
「彼女は脳が機能していない。しかし、眼鏡に付いている記憶装置からインパルスを増幅してやれば、彼女は自分で思考する事が出来るんじゃないか?」
表情筋フル稼働モードのメイの目が見開かれる。
きっと一瞬のうちに超速メモリーでその可能性を試した結果、成功の可能性を見いだしたのだろう。
その顔に矯太郎はこの方法の確信を得て、メイへ向かってドヤ顔を決める。
「やはり博士、普通の人間と思考回路が違いますね」
ドヤ顔を言及するでもなく、素直に誉めるメイ。
なんだか最近こういうのが増えてきて、ちょっと調子が狂うなぁ、などと思いつつも矯太郎は懐から【美少女に合法的にかけて貰える眼鏡】を取り出す。
少し赤みが出てきた空に、細い金属フレームで出来た青色の眼鏡が光る。
矯太郎はそれを掲げて叫んだ!
「君に似合う眼鏡はこれだ! 銀髪白髪には同系色の青、肌が透き通るように白いから、セルフレームのようなハッキリとした配色だと目立ちすぎるだろう。このくらいの細いフレームでも十分に魅力が発揮される筈だ!」
もちろん目の前の少女は微動だにしないが。
回りの人間も何を言っているのか分かっていない様子で、口元に苦笑いを浮かべているだけだ。
そんな事などお構い成しに矯太郎は眼鏡を少女に装着しようとする。
しかし次の瞬間、地面に突っ伏して喚きだすのだった。
「耳が頭の上じゃないか!!」
地面に頭をぶつけて悔しがるのを、慌ててメイとライフが止めにはいる。
「悔しい、悔しいぞ! なぜ獣人用眼鏡を用意していなかったのだ私はぁあああ!!!」
「博士、お気を確かに」
「暴れちゃダメですよ! まだお腹も激しく動いたら傷が開いちゃいます」
とりあえずメイに羽交い締めにされつつ、おでこの打撲をライフに治してもらう矯太郎だが。
狼少女は意識を取り戻し、さらに眼鏡少女まで爆誕するという、最高のシナリオだった筈なのに、それがうまく行かなかったショックで情緒不安定になっているようだ。
「そうだ、かねてからこの問題はあったのだ、獣人少女の耳はどこに有るのか、また、上の場合にはどういった眼鏡であればかけることができるのかという問題が、ある人はゴムバンドで後頭部から引っ張る方式を提案したが、それでは髪が押さえられてしまう、ある人は上部の耳から下げる眼鏡を提案したが、縦に延びるツルが気持ち悪いと批判を受け、ある人は……」
「メイさん、ヨツメさん何か早口でぶつぶつ言ってますけど」
おでこを治療し終えたライフが3歩ぐらい下がりながら言うが。
「ええ、以前は一人でよくこのモードに入っておられましたので、放っておけばどこかで戻って参ります」
とメイは気にも止めない。
「流石に……ヨツメ様の奴隷が恥ずかしくなりそうです」
先ほどまで友人の形見に涙を流していたリリーですら、この状況に涙も引っ込んでしまったようだ。
「側面に耳が無いということは、耳の穴もないのだから、そこに固定するという方式も取れないわけ……いやまて、もしかしたら、俺の発明した眼鏡こそが、この問題への救世主となるのではないだろうかぁあああ!!!!」
一人語りの最後にかけて、ものすごい勢いでテンションが爆上がりする矯太郎に、もはや危険物を避けるかのように、仲間が距離をおく。
そんなことはどうだっていいのだ。
何せ彼は今最高に興奮している。
「この眼鏡は、側頭葉に電極を差し込む事で固定される。そこに耳があろうが無かろうが、関係の無い優れた眼鏡だったのだ!」
そうと決まれば、鼻息荒く狼少女の目の前へと一瞬で移動し、止めるまもなくその顔に眼鏡を装着した!
その瞬間、眼鏡の弦から針が延びて、頭蓋骨を貫通して脳に達した筈だが、敵意をもった攻撃とは取られなかったようだ。
その痛みも無視して全く動く様子はない。
誰もが固唾を飲んでその状況を見守っている
、かなり遠巻きだが。
矯太郎は真正面から、それを観察していると。
その目がパッと見開いた。
それが焦点を合わせたと思った瞬間だった。
「いゃぁっぁああああ!」
盛大な叫び声と共に、矯太郎の腹部に膝蹴りが入った!
「がっはぁあああああ!?」
「良かったですね博士成功したようです」
痛みに転げ回る矯太郎を見下ろしながらメイが言うが、それに反応するものはいなかった。
今日2度目の腹への激痛により、矯太郎はそのまま気を失うことになったからだ。




