敵味方無く
しかし、その狂刃が血を吸うことはなかった。
ギリギリのタイミングでメイが飛び込み、腕でそれを弾いたからだ。
シーフは素手で刃物が防がれたことに一瞬驚きを覚えていたようだが、メイが伸ばす手を掻い潜って距離を取った。
熟練された戦士の動き、殺すことに何の躊躇もない攻撃。
平和な世界に生まれた矯太郎にとって、理解できる人種ではなかったが、それでも彼にできることは見ることだけだ。
『いいか、メイ。あのステップは縮地だ、兵士の訓練で見かけた事がある。一瞬で間合いを詰めてくるぞ』
魔導学園でも、一般カリキュラムに戦闘訓練があった。
まぁ物騒な体育みたいなノリのものだ。
矯太郎はそれについていけずに、校庭の端っこで体育座りして見学していただけなのだが。
教師が自分の技術を自慢する為だけに見せたその技の事をちゃんと聞いて覚えていたのだ。
彼がやれることは俯瞰から戦況を把握して、伝えることだけなのだから。
しかしローランドはあの少女と、リリーはシーフと対峙している。
そしてどちらもが押されているのが素人目にも分かった。
しかしメイは一人、どちらかしか守ることができない。
メイにどう指示を出せばその場が好転するのかと頭をフル回転させる。
だが、どっちを選んでも、残された方が先に負けてしまうのではという結論に至ってしまう。
答えを出せない間にも、ローランドが少女のローリングソバットを腕で受け、3m程弾き飛ばされていた。
片膝を付き、地面を滑りながら止まる。
まだ諦めてはおらず、少女を睨みつけたが。
次の瞬間にはその少女が弾丸のように彼に向かって飛びかかった。
剣で蹴りを捌くことを諦め、避けながら胴体へと斬撃を見舞ったが、二の腕に小さな切り傷をつけた程度で大したダメージには成っていなさそうだ。
そのためか、少女は怯むことなく蹴りを放つ。
左足を地面につけたまま、右足を鞭のようにしならせてローランドを攻め立てる。
1撃。2撃。3撃……
それは雨あられのようにローランドに降り注ぐ。
それでも軸がブレない銀髪の少女の体感は、一朝一夕で手に入れたものではないのだろう。
ローランドももちろん幼少期より剣術を嗜んできたのだろうが。
相手が女の子であったことで、剣が鈍ってしまったのかもしれない。
先程から痛めていた指に限界が来たのだろう、剣の柄から片手が滑り落ちる瞬間を、少女は見逃さなかった。
地面に根が生えているように固定されていた左足を宙に浮かすと、そのまま体を横に一回転させ、強烈な蹴り技をお見舞いしたのだ。
両手持ちの安物の剣は、利き手が離れ不安定になっていた。
その攻撃をいなす事はもはや不可能だろう。
直接それを叩き込まれれば、内臓破裂も免れない威力なのは彼も分かっている。
だがローランドもそれなりの武芸者。
剣の腹を盾代わりにして蹴りを受け、ピンポイントだったダメージを体全体に拡散したのだ。
試合なのであれば舌を巻くような技巧であったかもしれないが。
ここは戦場、殺しあいの場だ。
ローランドはその瞬間に意識が飛んだのだろう、後方に転がって受け身を取ることさえできていない様子だ。
そして立ち上がる気配すらない。
──目の前で人が殺される──
その恐怖に矯太郎の足はすくむ。
漫画やアニメであれば、走り寄って仲間の間に立ちはだかるのが常套の展開だろうが、間に合わないどころか、死体がひとつ増えるだけだ。
もちろんメイの護衛対象も増えてしまう。
そうなれば、助かる命までも失ってしまうかもしれない。
どちらを優先するか、迷っている間に状況は悪くなってしまった。
彼はどうしようもない絶望感に飲まれながらも、悲しいかな思考だけは止まらないでいた。
状況をつぶさに観察して、打開策を練る。
しかしその全てがこの状況がどうにもならないという答えにたどり着く。
最後に残された道は、メイをおいてリリーだけでも助けて逃げる、それくらいしかもう思い付きはしない。
そんな中メイと睨み合っていた男が動く。
「あっちはカタがついたようだな、こっちもすぐに終わらせてやる……お前は顔に似合わずいい体をしてるし、青髪の姉ちゃんも最高に美人だ。死んだ後も傍に置いてやるからよ」
メイはいつも通り無表情で構えていたが。
リリーはローランドが動けなくなった事で戦意喪失し掛かっているようだ。
矯太郎も未だ解決策を思考し続けていたが、ふとこの戦場に違和感を覚える。
これが何かの閃きになるかもしれない。
だがそれを待たずに、グースの殺気が膨れ上がり、縮地のステップを踏むのだった。
しかし、その場を変えたのはまさかの存在だった。
グースが何かに気付き、後ろに飛び退いたのだ。
「ドカン!」
急な爆発音と共に、先程グースがいた場所に土煙が上がる。
「何でお前が!」
男がそう声を上げたが、聞く耳を持つ相手ではない。
それは先程までローランドを追い詰めていた少女。
今度は仲間であるシーフへと牙を向けていたのだ!
何故。
その戦場では皆がそう感じた筈だ。
しかし、その誰よりも矯太郎は俯瞰して戦場を見ていた。
その少女は、ローランドを蹴り飛ばした瞬間に動きを止めた。
勝者の余裕かと思ったが、彼女の表情にそういった気配はない。
むしろ、メイが次の命令を待っているときのような感覚を覚えたのだ。
矯太郎の瞬時の考察の間にも、少女は男を執拗に狙う。
「あなたの作ったお人形、どうやら壊れているみたいね!」
それを勝機と見たのだろう。
防戦一方のシーフを少女ごと丸焼きにするために、リリーが魔法の詠唱を始めた。
「危ないです」
その目には止まらなかった少女の蹴りが、今度はリリーに向かった。
間に入ったメイが手のひらで少女の足を止めたことで大事には至らなかったが。
男ごと自分を丸焼きにされるという危機感に反応したのか、今度はリリーをターゲットに定めたようだ。
「何よもう!」
リリーは魔法障壁でその蹴りを防ぐも、攻撃に転ずることはできない。
メイも流石にそこまで高速で動くことは想定していないので、リリーに振るわれる暴力を全て受け止めることはできないでいた。
「これはどういうことなんだよ!」
グースは彼女たちの攻防に入り込み、自分にまた攻撃が来るのを恐れたのだろうか。
戦況は混沌を極めていたが、彼が向かったのは奥の部屋だった。




