夜の決行
作戦開始まではまだ時間もあったので、矯太郎の作戦に従い、それぞれが出来ることを素早く済ませた。
時間が空いたものから休憩を取り、決行まで英気を養うことにした。
矯太郎も指示出しをした後は、ゆっくりと午後を過ごす。
前線に立つことはないと言っても、人を殺すのも何とも思わない相手に、仲間をぶつけさせるのだから、気が気ではない。
脳内でシュミレーションを繰り返してみるが、如何せん相手のデータも少なく、実際にローランドやリリーの戦闘も見ていない状況では、推測するに留まっているのが腹立たしくもある。
唯一ハッキリしているのは、メイの戦闘力と、錬金術の薬の効果くらいのものだ。
いざ戦いが始まってしまえば、戦闘経験もない52歳のおっさんなど何の役にも立たない。
それでも寝るにも寝付けずに、時間を過ごすのであった。
こんな田舎でも、それなりに昼と夜の顔は違ってくる。
牧歌的で物静かな住民が、昼には仕事に精を出し。
夜にはその鬱憤を晴らすかのように、酒を片手に大きな声で友人と語り明かす。
街灯の無い道に灯される、笑い声と仄かな明かりに寂しさを感じることはない。
そんな街に背を向けて、矯太郎達は暗い夜道へと足を進める。
目的地は、またもやあのコカトリスの洞窟の近く。
まさかここ2日で3度もこの道を通るとは思いもよらない。
とはいえ、最初は探検隊の真似事で、これから何か起こるのではないかというワクワク感があったものの。
今回は全くワクワクするはずの無い道程。
緊張に、誰も言葉を発することなく、ただ足だけはつんのめるように先に先にと進んでゆく。
早くこの時間を終わらせたいという気持ちの現れだろうか。
「ライフ殿と俺はここで待機しているからな、怪我をしたならば無理せず戻ってきてくれ」
矯太郎達はコカトリスの洞窟で最後の打ち合わせを済ませていた。
鬱蒼と茂る木々に隠れ、洞窟の入口は大きなアギトのようにぽっかりと口を開けている。
不気味な雰囲気に身震いしそうになった矯太郎であったが、ここで別れるローランド達は、それ以上に恐ろしいものと対峙するのだと思い直し、震えそうになる足を踏ん張るのであった。
「分かりました。しかし、コカトリスを倒せるほどの実力者であるメイさんを付けてくれるのであれば、負けることはほとんどないと思いますよ」
ローランドはその実力差を妬む ことなく、すぐさま尊敬出来る好人物のようだ。
基本的な作戦としては、メイの赤外線探知モードで敵の見張りを把握し、一方的に仕留めてゆくという算段だ。
物理的な罠に関しては、リリーが解除を担当するそうだ。
「私の母はドワーフなので、夜目が効くんです」
どうやらこのリリー・フロマージュは、この世界では珍しいハーフということらしい。
そんな彼女の手には短めの杖。
ローランドは背中に短弓と、安物ではあったが剣も持っている。
昼間になけなしの金をはたいて買ってきたものだ。
頼りなさげな武器ではあったが、今回のゲリラ戦であればこれで十分だろうと矯太郎は考えていたからだ。
それでも彼らの安否が気になる矯太郎は、何かを言おうとしたり、考えたりを繰り返していたのだが、その肩にそっと優しい手を置く者がいた。
「とりあえず今は二人の成功を祈りましょう」
ライフ・グリンベルが聖女のような面持ちで、出来ることはもはや終わったのだと伝えたことで、矯太郎もようやく落ち着いたようだ。
やはりこの世界の人間は荒事に対して肝が据わっているようだ。
20歳の女の子でもこれなのだから。
「そうだな、ご武運を、ローランド殿!」
それに笑顔で応えると、背中を向ける。
こうして3人は夜の森へと分け入っていったのだった。
それから、夜の闇はいっそう深まり、コウモリの羽ばたきや、虫の音だけが焦燥感を募らせる。
コカトリスの洞窟と、盗賊共の隠れ家の距離は歩いて10分程度。
きっともう作戦は開始されているに違いない。
時間が経つごとに心配にはなってくるもので。
矯太郎は貧乏ゆすりを止められなかった。
「流石にこの距離ではメイとの通信も出来ないか」
「仕方ないですよ、私たちが行っても足手まといですし」
ライフがそう言うが、彼はなかなか落ち着けない。
心の癒しを求めてシャーリーの頭を撫でようと彼女の姿を探してみる。
「ん? シャーリーはどうした?」
さっきまで下の方にあったはずの頭は無くなっており、左手が空を切る。
「えっ! そういえば居ないですね」
一見落ち着いているように見えたライフも、緊張していたのか、注意力が散漫になっていたのかもしれない。
「首輪があるからと安心してしまっていた!」
「ちゃんと木とかに引っ掛けておかないと駄目ですよ」
完全に犬が逃げ出した時の会話に聞こえるのは何故だろう。
もちろん周りを見渡しても、控えめに名前を呼んでも反応はない。
「──仕方がない探しに行こう……」
ため息と共に、矯太郎は呟く。
「戻ってきたときのために、ライフ殿はここで待っていてくれ」
しかしライフは頭を横に振る。
「万が一盗賊と出会って、怪我した時に誰が治療するんですか!?」
「リリーやローランドが怪我をして戻ってきた時に、ライフ殿がいない方が問題になる。なに、迷い込んだ一般市民を装えば、こんなおじさんに警戒心を持つことはないだろう」
確かに彼は誰がどう見ても戦闘系ではないし、魔法を使うようにも見えない。
ただのくたびれた中年に過ぎない。
そう言いながらも彼は小走りで現場へ向かい始めていた。
「シャーリーの事だ、方向を見誤って関係ない場所へ行ってくれていた方がむしろ良いんだが……」
とは思うものの、何となく現地に居るのではないかと考えていた。
あれは方向音痴などではなく、トラブルのある方、ある方へと足が向いている気がしていたからだ。
小走りとはいえ、山道を草をかき分けて進んでいると、すぐに息が切れてきた。
「方向は星の位置で覚えているが、如何せん暗いのがな……だか、時速5kmで5分。そろそろ近いはずだ」
一般人を気取る以上、あまりこそこそとしすぎていても怪しいが……。
シャーリーの名を呼ぶような蛮行は、ローランド達の作戦にも影響が出るかもしれなかった。
息を整えながらも暗い茂みを進む矯太郎。
明かりを焚く訳にもいかない。
耳を澄ませても、何かが動くような音も拾うことは無かった。
「これは軽率だったか……」
シャーリーを探し、彼らの邪魔をしないように、盗賊にも見つからないようにと、どれをとってもこの状況で矯太郎が出来ることは少なかった。




