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苔の洞窟(本物)

 気合を入れて挑んだにも関わらず、翌日の探索は驚くほど簡単に終わった。


 何せ苔の洞窟は初心者ダンジョンから、いっそ観光地へと移行していたからだ。


 事前情報で分かってはいたが、この辺りでは有名な人物がこの洞窟でプロポーズしたとかで、縁結びの御利益があると人気が出たようだ。

 入口には観光客が並び、警備員まで配置されている人気っぷりだ。

 

「あいつは何の権限で金をむしってるのだ?」

 入場料というものを払わなければいけないと知って矯太郎が語尾を荒らげる。

 なにせダンジョンと言えば、あのコカトリスの洞窟のように、自分で勝手に入って良いはずだから。


「この洞窟の権利を買ったんでしょうね、お金になるって思ったんじゃないですか?」

 苦笑しながらライフ・グリンベルはこの世界の理をまたひとつ矯太郎へと授けるのであった。


 そんな矯太郎も目からうろこといった雰囲気で驚いている。

「買えるのか?」

「そうですね、元の持ち主が居ればその方から買えますし、なければ国に申請してお金を払って登録って形になると思いますよ」


そうなると矯太郎の頭の中に浮かぶのはあの場所だ。

 コカトリスの洞窟。

 あそこは良い岩塩の産地になるだろう。

 それに、考え方を変えればあの場所はもっとお金を産み続ける場所になるかもしれない。

 またもや大人の悪巧みと言った顔で笑う52歳男子。

 先程の入場料への憤りもどこへやら。

 きっちり払って洞窟へと入り込んでゆく。


 洞窟はあまり広くないが、奥から来た帰りの客とすれ違うには問題ない程度だった。

 それがうねりながら緩く奥まで続いている感じだ。

 奥に行くにつれ、入口からの光が遮られ、段々と暗くなってくる。

 カンテラの光を頼りに進むと、少し広くなっている場所に到着した。

 係員の指示に従い、灯りを消して中に入る矯太郎達。

そしてようやく、ここが苔の洞窟と呼ばれる所以に行き着いた。


「なんて神秘的な光景なんだ!」


 いま彼らが立っている地面以外、一面が短命苔の群生地になっている。

 その一部がポワッと黄緑色に光ったと思ったら、5秒程で消える。


「これが短命苔の命のサイクルだ」

 知識の中で知っていたものを矯太郎が言葉にするうちに。

 発光が消えた隣の苔が反応し光り、連鎖した苔がウェーブを作るように光る。

 ゆっくり光が移動していく様が本当に美しい。


しばしその光景に見とれる一行。

 この幻想的な空間で、好きな相手からプロポーズされるというのは、女子にとっては夢のようなものだろう。

 残念ながらこの場所は観光地化しすぎていて、人の密集度が高い。

 こうなってしまうと(いささ)か雰囲気も壊れるというものだが。


 少し見慣れて来た所で、警備員に話しかけると、脇道へ入った部分へと案内される。

 そこは更に天井が低く、手を伸ばせば短命苔に触れるような場所だった。

「それにしても、短命苔の採集権が小金貨5枚ってぼったくりも良い所ですよ!」

 ライフはプリプリ怒っている。

 観光地になる前は、入った人間が常識の範囲内で必要な分だけ採集するのにお金なんて払う事は無かったらしい。

 それが今や日本円で5万円。

 確かに高い。


「まぁまぁ、ここの主人にとってはそれが生命線だからね」

 きっとここで小金貨5枚払ってでも、自分の洞窟で育てようとする者が出てくるだろう。

 バブリーな産物だという事はここの持ち主もわかっているに違いない。


「とはいえ、俺はこの苔に新たな可能性を感じたぞ」

 矯太郎はにやりと笑い、懐からビニールチューブを取り出した。


 これはメイの腕の中に装着していたもので、水を吸い込んで排出する、手の平水鉄砲の部品の一部だ。

 メイからは再三、不要な部品と言われ続けていたが、まさかここで役に立つとは思わなかった。


 長さは1mくらいだが、その見慣れぬものにライフは目をぱちくりする。

「曲がるガラス管ですか?」

 この世界にポリ要素は無いから仕方ないが、そこはライフに目をつむって貰おう。


 矯太郎は採取できるゾーンに足を運ぶと、短命苔をそのチューブに押し込んでゆく。

 最後に今まさに最盛期を迎えようとしている光る短命苔を尻に詰めると完成だ。


 今光った苔が死に、光が薄くなりかけると、先に押し込んだ隣の苔が光始める。


「成功だ!」

 矯太郎は急いでチューブを輪っか状にして、つなぎ目を固定する。


 光はゆっくりと明滅し、最後に詰め込んだ苔の場所まで来る。

 その頃には新しい命が芽吹いていたのだろう、最盛期を迎え光り出すのだった。


「短命苔の一生のサイクルは50秒程度だからな、1mの円環状の筒があればこの中で1サイクル確立できる!」


 短命苔は暗闇で成長することはできても、仲間の光を受けないと最盛期を迎えることができない。

 明るすぎると、仲間の光がかき消されてサイクルが狂う。

 暗いままだと最盛期を迎えきれないという、かなりナイーブな植物である。


「すごいヨツメさん、死なないように持ち帰るのが難しい短命苔をこんなに簡単に」

「ちゃんと観察すればこのくらい朝飯前だ」

 ふふんと鼻を鳴らす四目矯太郎が研究者であることを忘れている人間が多いだろうから、ここで精いっぱいどやってもらおう。


「えっと、それじゃ私がここに来る意味って」


 その場でウキウキといくつかの簡易調合釜を取り出して、万能丹制作の準備をしていたシャーリーが、試験管らしきものを持ったまま固まっている。

 持って帰れるのであれば、そこで採取すれば良かったのではと、まぁその通りではある。


「偉いぞ、そこに気付いたかシャーリー!」

「とっ、当然よ、そのくらい私にだって分かるわ」

 何も解決しない内容で、無責任に褒めてみると、仕事が徒労に終わった事は気にならなくなったらしい。


「せっかく来たのに」

 でもライフは何だか可哀そうに思うのだろう、頭を撫でてあげている。

 それに猫のように頭を押し付ける、シャーリーはライフよりも年上なんだが。


「いいの、どこでやっても同じなら、私は気にしないわ!」

 眼鏡をくいっと直しながら、自信満々に言い張る。

 この底抜けなポジティブ感に癒されるなぁと矯太郎は思うのだった。


 特に昨日ライフが泣いてしまったり、なんかメイの機嫌が悪かったりするようなギスギスとした気持ちを抱えている彼には、シャーリーが物凄く癒しに感じるのだろう。


「帰ったら一緒に万能丹作ろうな」

 ライフに代わって矯太郎が頭を撫でながらそう言うと、シャーリーは目を輝かせるのだ。


「師匠と一緒に錬金釜を囲めるなんて夢みたいだわっ!」

「そんな鍋を囲むみたいに言わんでも」

 喜ばれるとくすぐったいような気分になる。

 シャーリーの方も、撫でている手に赤い髪をぐりぐりと押し付けてくる勢いだ。


「そういえば、頭を撫でてもメイは止めなかったな」

 気になって話を振るが、メイはいつものすまし顔。

「博士がシャーリーさんにとって、知らないおじさんでは無くなったからです」

「そういえばそんな事を言ってたな」


どういう基準でそれを分けているのか。

 別に矯太郎の異性への接触を全て拒否しているのではなく、相手が不快に思ってしまう可能性のあるタイミングで、不必要な行動をとらないように規制してくれていたという事なのだろう。

 特に矯太郎は距離感を見誤ることがあるからそれは助かっているのだ。

 ただ力づく過ぎるのは正直体がもたないなぁと苦笑するばかりだ。

 彼自身も学習して距離感を勉強していけばなくなるかもしれないな。


 等と色々考えているうちに、苔の洞窟での用事は終わった。


 行ってみればすごく簡単なミッションであり、未だになぜコカトリスと戦う羽目になったのか。

 まぁシャーリーのせいなんだが。

 ため息を付きそうになる矯太郎だったが、傍で楽しそうにはしゃぐ22歳を見ていると追及も出来ない。

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