ライフの悩み
夜空にふたつの足音が消えて行くのを、祈るような気持ちで見送った4人は、暫しの沈黙を感じていた。
気楽に始まったこの旅で、よもや生死を左右するような事件に巻き込まれようとは思いもしなかっただろう。
二手に別れたことでより、自分たちののほほんとした目標と、必死で仇を打ちたいと考える彼らとの差が明確になったからかもしれない。
だからこそ、矯太郎はあからさまに手を打って、明るく言い放つ。
「さぁ、俺達は寝るか。明日は急いで用事を終わらせて戻ってこなきゃいけないからな」
同時に、彼らが帰ってきた時、迎え入れてあげたいという気持ちが現れているのも、彼は無意識に言葉にしていた。
それを号令にしたように他のメンバーも立ち上がる。
「わたくしはお食事の片付けがありますので、先にお休みください」
メイはアップルパイの乗っていた大皿と、取り皿をうまい事重ねて、一気に厨房へと運んでいく。
ロボットとはいえ本当によく仕事をしてくれる。
メイド服のスカートと共に揺れる、彼女の青髪を見送るのは、ライフ・グリンベル。
何か思うことがあるように、じっと見つめながら、口を開いた。
「メイさんは働き者ですよね、やはり男性はああいう女性に憧れるものでしょうか?」
ライフと同じくメイの後姿を見ていた矯太郎は、ライフの言葉に少し悩む。
急にどうしたのだろうかと。
もしかしたら昼間にケインハックという空気を読めない男が、あからさまにライフからメイへと興味の対象を移したことが、尾を引いているのかもしれない。
そう結論づけた矯太郎は、優しい目をライフへと向ける。
「その人の得意分野で補完しあうのが一番だと思うぞ」
メイは家事をするために生まれた存在だ。
逆にそこから本分を取り上げてしまうと、彼女のアイデンティティは根底から崩壊してしまう。
ライフにはライフのやりたい事や、使命というものがあるに違いないのだから。
矯太郎の言わんとするところはちゃんと伝わったのだろうか?
ライフは真剣な顔でその言葉を咀嚼しているのか。
「私の得意分野……」
口に手を当てて、考え込んでいる。
矯太郎からすれば、難しい事を言ったつもりはなかった。
なにせ、ライフを語る上で欠かせないものを、既に持ち合わせているはずなのだから。
「ライフ殿は国家治癒師だろう、それはなかなか真似できない君の取り柄じゃないのか?」
矯太郎は誇らしげにその言葉を口にした。
しかし、ライフは考えるのを止め、ため息一つ落とす。
その表情からは、諦めと、少しの怒りすら感じさせ、最後には矯太郎へと背を向けてしまう。
あれは彼女の「これ以上話したくない」というサイン。
どうしてそうなったのか矯太郎には全くわからず、慌ててしまう。
そんな彼を尻目に、部屋へ行こうとしたのか、歩きだそうとした。
何故かこのまま行かせてはいけないと感じた矯太郎は、ライフの肩に手を伸ばす。
「あっ……」
少し手加減を間違えたのか、彼女も何かアクションを起こそうとしたのか。
重心が崩れ、ライフの体がよろけてしまった。
矯太郎も咄嗟に近づき、もう片方の手で腰を支える。
危うく転倒は免れたが。
今度はライフの体を抱きしめるような形になってしまっていることに、矯太郎は先程より慌てふためく。
「すっ、すまない!」
転倒させかけた事、そして若い女性に不用意にくっついてしまった事に慌てて、とりあえず最初に出てきた言葉が謝罪の言葉なのは情けない。
ただし、急いで体を離そうとしたその袖をライフがしっかりと握ってしまっている事で、無理やり引き剥がすことは出来なかった。
怖かったのだろうか?
それとも何か別の……矯太郎が悩んでいるうちに、ぽつりとライフが溢す。
「ヨツメさんのせいでは無いことは分かってるんです……ううん、むしろ感謝もしてます」
彼の腕の中にあり、目下にある彼女の表情は見えず、緑色に透ける美しい髪だけが小さく揺れている。
清潔な石鹸の香り、まだ残る水気のある髪。
腕の中にいる眼鏡美少女。
本来であれば発狂するほど喜ぶシチュエーションに違いないが。
しかし、今はそんなことよりも。
彼女から溢れ出す言葉が、小さくともしっかりと、はっきりと語られ続け、彼女にとって大切な言葉であると感じた。
「私のこの力は、ヨツメさんがくれた物だから……どうしてもこれを自分の力だと胸を張って言えないんです」
矯太郎は、気軽に彼女のアイデンティティとしてその事を語ったが。
2年経った今でも……いや、今だからこそ、彼女の根幹を蝕んでいることに気づいてしまったのだ。
その言葉に矯太郎の手から少し力が抜け、ライフの体が離れていきそうになる。
なんだか今はそうしてはいけないような気がして、慌てて強く抱きなおした。
「でも私ってそれだけしか無いんですよね……メイさんみたいに完璧な人の隣にいると、時々自分が惨めになる事があるんです」
その一つでさえ、矯太郎の介入により、彼女の自信の源になり得ない。
だからこそ彼女は強く劣等感を感じているのだ。
啜りあげる鼻の音。
噛み殺した泣き声。
時折地面に落ちる涙の雫までも聞こえるようだった。




