別行動
その場を収める術が分からない矯太郎は、とにかくあわあわとしながら、ちょっとむすくれた女子へと目線を行ったり来たりさせるしか無かった。
そこに。
「お風呂先に頂いちゃいましたよ」
というライフ・グリンベルの声が投下された事で、ようやく緊張の糸がほぐれた。
ライフの声には、魔法の癒しの効果があるのかもしれない。
「ライフ殿、待っていたぞ。少しこれからについて決めておこうと思ってな」
湯上りだからだろうが、いつもの治癒師のナース服のようなものは着ておらず、薄絹ででできたシャツのようなものを着ている。
この世界の服装は洋風だが、あまり古臭い感じはしない。
袖は丸く閉じてあって、襟も折り返して縫ってあるからだろう。
簡素なものだが、ブラジャーまで有るというのだから驚きだ。
縫製技術が高いとは言えないが、現代人でも馴染めるくらい体にフィットするように作られている。
そんなライフはリネンのダボダボパンツに、絹のTシャツのような格好で円卓に座った。
よく分からないひと悶着はあったものの、リリーとローランドへの聞き取り調査? も終わったので、今からようやく本題に入れるのだ。
「それじゃぁ、それぞれがやるべき事や、希望を聞いて行こうか」
年長の矯太郎が議題を振ると、円卓とは名ばかりの食事用の小さな丸テーブルにぎっちり並んだ仲間が顔を見合わせる。
ライフとシャーリーを加えて、通常4人掛けのテーブルに6人でいるのだから仕方がないが。
「私はおばあちゃんの為に苔の洞窟に行くわ!」
やはり一番手はシャーリーだ、何事にも思考という回路を通さずに本能で生きているような娘だからだろう。
椅子をガタンと鳴らしながら立ち上がり、声高に宣言した。
「そうだな、目下俺達はそれのためにここに居るわけだからな……まぁ、座ってくれ」
宣言後も立ったままのシャーリーを座らせると、矯太郎はリリーとローランドの方を向いた。
「私は、石化回復ポーションのお礼と……あのシーフを見つけ出したいです」
リリーが言葉を発すと、ローランドも頷いて続ける。
「僕もそれをしっかり清算しないと、次のステップには行けないと思ってる」
先程まで勝手に出歩くのは危険だと感じていた矯太郎だったが、やはり彼らの意志を削ぐのはどうなのかと揺らいでいる部分もあった。
だからそうならないように借金を持ち出したりと、言うことを聞くように話を誘導しようとしていたのだが。
家畜相手の呪文を自分にかけてまで信頼を得ようとしてくる態度や、ローランドの揺るぎない気持ちと落ち着き様に、方針転換を考えることにした。
「やはりここはいったん二手に分かれた方がいいだろうな」
矯太郎は腕組みをしながらそう発言する。
苔の洞窟に行くには過剰戦力だというのもあるが、コカトリスが倒された今、あのシーフは別の稼ぎ口を探すために他の町に移ってしまうかもしれない。
情報を集めるのはスピード勝負になるだろうとも考えたからだ。
「では明日は、リリーとローランドはこの町に残ってシーフの居場所を特定する。俺達は急いで苔の洞窟へ行って戻ってくる事にするのでどうだろうか?」
元々苔の洞窟へ移動しようとしていた面々は問題なく頷いた。
復讐組もようやく自分が信用されたという安堵感と、実際動き始めることの出来る期待感で力強く応じた。
「ただし、シーフを見つけてもすぐに攻撃を仕掛けず、俺達が戻るのを待ってほしい」
彼は単独で近づいたようだが、悪党は得てしてつるむものだ。
本人の強さも未知数であり、さらには狡猾な相手だ。
少人数で無策で挑んでも返り討ちに会いかねない。
ましてや、彼らは使い慣れた武器を奪われている状態でもある。
「無理せず、情報だけ集めるんだよ、慎重にな」
もう一度念を押す矯太郎。
ローランドは割と落ち着いた印象だが、リリーの方はいまいち読めない所がある。
感情的というか、自分に正直というか。
だからこそ憎き相手を目の前にした瞬間に、感情に任せて魔法をぶっ放しそうな予感がしたからだ。
「わかりました、ヨツメ様のいう通りにします」
しかし、リリーはそのまま笑顔で受け入れた。
矯太郎の考えすぎだったのだろうか?
まだ知り合って直ぐなのに、こういう性格だと決めつけてしまうには早計だったかもしれないと少し反省している。
「ふふふ、心配してくれたんですか?」
向かい側で頬杖を付いたリリーが、ニヤニヤとした顔で言った事で、矯太郎は何故だか焦ってしまう。
もちろんそれは心配したからでた言葉ではあったが、何故か素直に肯定してしまうと相手のペースに乗せられそうな気分になってしまったからだ。
「じ、情報を集める際は、集めている事を相手に悟られるんじゃないぞ! こういうのはそこが一番難しいんだからな」
肯定も否定もせずに話を進めることにしたようだ。
まず失敗する原因の多くは。
相手を信じすぎた時か、探ってるのがバレた時だ。
例えば、懇意にしている情報屋が、他の者とも懇意にしていると思わなくてはならない。
相手の方が金払いが良かったりすると目も当てられない。
酒場で聞き込みというストーリーをよく見る事があるが、敵か味方かも分からない相手にズバリと確信をつくような質問をしていると呆気に取られてしまう事がある。
おいおい、逆にお前は今大手を振って「探してますよ」アピールしてるんだぞ?
そんなことをすれば、今夜中にでも相手は雲隠れするか、お前の寝首を掻きにくるだろう、と。
矯太郎も50年生きていると色々と経験してきている。
特に研究成果というのは企業スパイ等によってすぐに漏洩しがちだったりする。
それは手を変え品を変え、まるで詐欺と警察のいたちごっこの様にだ。
とりあえず彼は、自分に繋がる人間にはダミーの情報を流し続けていたし、交渉事には必ずメイを通すことを徹底づけていた。
それは近所のなんの変哲もない主婦でも、最後の最後では信用することは無かったのだ。
とまぁ。こういう事を考えてしまうから、なかなか友人もできないでいるわけだが。
急に考え込んだり、過去を思い出したりするのは矯太郎の悪い癖だ。
「博士、脳が脱線しておいでですよ」
メイが現実に引き戻してくれた。
隣でシャーリーの赤髪をわしゃわしゃとタオルで拭きあげながらだが。
「情報に関しては、学友にコネがありますので。その上でヨツメさんの言葉はちゃんと心に留めておきます」
ローランドは真っ直ぐな目でそう返す。
この誠実さ、どうしてもそれ以上疑えなくなる。
「では善は急げだ、俺達は明日の朝出発するが、ローランド殿らは今夜から動いてもらって構わないからな」
その言葉を待っていたかのように二人は頷き、立ち上がった。
夜の帳はとっくに降りていて、酒場などでは丁度酔客がいい感じになっている事だろう。
溶け込むには良い時間だ。
「おっと、情報を聞きに行くのに手ぶらでは心もとないだろ?」
矯太郎はスラックスのポケットから革で折りたたんだ小銭入れを取り出して、ローランドに投げる。
ジャリッと硬貨が鳴る音がして、それが中身の重さを感じさせた。
彼は事も無げにそれを受け取ると、中を確認して矯太郎の方へと目線を送る。
「これだけあればなんとかなりそうです、助かります」
好青年である彼は、その金髪頭を勢いよく下げて礼を言うと、すぐに宿屋の扉を開けて出て行った。
遅れて頭を下げたリリーも、踵を返すとその後を追って、夜の闇に吸い込まれてゆく。
二人とも落ち着いて振舞ってはいるが、小金稼ぎのために友人を殺された気持ちなど計り知れないものがある。
その復讐のために動くとなれば、自然と足早になってしまうのだろう。
若い彼らの心の葛藤はいかほどかは分からないが、それらがなんらかの形で昇華されるのを祈るばかりだ。




