お手つき
明日の朝からコカトリスの調査に入るために、今日中に書類を仕上げておかなければならないと言い残し、ギルド職員であるラングとケインハックは仕事場へと戻って行った。
まるで日本人のような勤勉さだ。
同時にそれだけコカトリスを調査するという事が稀であり、彼らにとってはワクワクするような一大事だと言うことなのだろう。
ライフも、朝から道無き道を歩き割とあちこち泥だらけのシャーリーを風呂に入れると言って、引っ張って行 った。
食事も落ち着き、一息を付いたところで円卓を囲んでいたローランドが口を開いた。
「食事をすると、生きている実感が湧いてきました──改めてですが、ヨツメさん、グリンベルさん、命を助けていただいてありがとうございます」
その短い金の頭頂部を恩人へ向け、ローランドは机に顔を物件ばかりに頭を下げた。
彼も若い男だ、プライド等もあるだろう。
しかしそういうものより、彼は感情をストレートに表現出来る好人物であり、義理や人情を重んじる筋の通った騎士であるように思える。
その気持ちを素直に受け取った矯太郎は、彼を助けた事が間違っていなかったと感じたし、もはや石化解除ポーションの代金など、ちっぽけなものにすら思えるのだった。
「......約束してくれ。せっかく拾った命なんだ。復讐に先走って散らしてくれるような事はしないで欲しいんだ」
ローランドは顔を上げ、矯太郎と目を合わせる。
「はい、もちろん、命に変えても約束を守ります!」
早速「命を賭ける」宣言をしている彼に突っ込みたいと思った矯太郎ではあったが、まぁそこも慣用句の一種だろうとスルー。
「とにかく、君たちは俺に借金もあるわけだし、暫くは監視下に置かせて貰うよ」
彼の言葉に信頼はあったが、やはり若者。
目の前でその怨敵が歩いていたら、衝動的に斬りかかってしまうかもしれない。
また、彼らの石像があの場所から消えたことを本人に知られれば、口封じに動くかもしれない。
どっちにしても、ある程度固まって行動していた方が予想外の展開を未然に防げるだろうと矯太郎は考えたのだ。
「俺達は明日、シャーリーの祖母の薬を作成するために短命苔を採りに行くのだが、良ければ同行をお願いできないか?」
提案に少し首をひねるローランド。
「こんな戦力で向かうような場所ではないと思うんですが」
小首を傾げるローランドに対して、先程の言葉を信用していないような態度を取るのを避けるために、矯太郎は頭をフル回転させる。
「まぁなんだ……君たちには借金があるだろう。ここに置いて出かけて、その間に逃げられてもこっちは困るわけだ」
苦しい言い訳ではあるが、的外れと言う訳でもない。
この世界の借金がどういう仕組みで取り立てられているのか分からない以上、目算が付くまでは手元に居てもらいたいという事だろう。
大金貨50枚は彼らにとっても大金だ。
実際に後で聞くところによると、薬になった物を買うのであれば安くても倍の100枚はするそうだ。
今回はハイパー錬金術師(自称)のシャーリーが作ったことで材料費のみで済んだ状態だ。
考えてみれば国家錬金術師もあの学校の産物である以上、税金として売り上げからかなりの額を納めなければいけないはずだ。
当然材料費の倍は取らなければならない。
そういう意味で言うと、今回の大金貨50枚と言うのは、命の値段としてはかなり破格の待遇であることには違いないのだが。
「手元に置いておきたいのなら、リードの魔法等はいかがですか?」
リリーが何故か少し顔を赤らめて進言する。
「ああ、あれは人間にも使えるのか?」
矯太郎の魔法知識にもそのリードの魔法が思い当たったらしい。
術者から対象が離れた際に、紐を手繰るようにして引っ張ることが出来る魔法だ。
主に家畜等にかけておき、迷子にならない様にするのが目的で使われることが多い。
「手綱を持っている側が任意で引く力を操れるので、連絡手段に使ったりもするんですよ」
話によると、偵察に出た仲間がその情報を伝える為に魔法をかけておき、一度引けば安心、二度引けば撤退等と予め決めて居れば、離れた場所でも交信できるという使い方もあるそうだ。
「ふむ、それは便利そうだな……遠くにいても手繰り寄せることができるなら、逃げることは出来ないだろうし」
顎に手を当てて思案する矯太郎。
実際は彼らの安全を確保するために付いた嘘ではあるものの、彼らから信用を勝ち取るために提案されたものを易々と却下することも出来はしない。
だが、提案をしたリリー・フロマージュ本人は少しソワソワしながら口を開いた。
「でも、私はその魔法覚えていないんです。魔導書にも書き込んでなくって、近くの魔導図書館に行けば分かるかもしれないですけど」
この世界の魔法は、素養のあるものが呪文を唱えさえすれば勝手に発動するものだと以前に説明したが、この詠唱というのが中々に厄介なのである。
それは魔法によって長さがまちまちではあるが、精霊語と呼ばれる独特の言葉で、100文字はあろうかという文面の羅列を唱えなければならないからだ。
もちろんそれを呪文ごとに暗記することなど殆ど出来はしないためか、魔法使いが魔導書を片手に魔法を唱えるのは、それが魔力の増幅を促したりするものではなく、詠唱呪文のアンチョコ的な側面が強いのだ。
何度も唱えるうちに記憶し、慣れて行くと、逆に詠唱を短くしていっても発動できるようになる。
攻撃用の魔法なんかは、これでようやく実戦投入出来るというのだから、一朝一夕には習熟し難い職業と言える。
この世界の魔法は矯太郎の思い描くものとはちょっと変わったイメージだった。
「ふうむ。リードの魔法の詠唱くらいなら、俺は暗記しているんだが……」
矯太郎はちらりとメイの方を見やる。
いまだ忙しい従業員の手間を減らすためか、矯太郎達の利用した食器などを率先して洗っていくれているようだ。
その背中を見ながら矯太郎は考える。
魔法の知識を受け渡しするために、仕方なく眼鏡を掛けさせるなら、今しかないのではないか?
リリーには何もしないと信用されている今を逃すとチャンスはないかもしれない。
そうなってくると、待てないのが矯太郎という男だ。
「リリー殿。俺の知っている魔法の詠唱を、君に教える手っ取り早い方法があるのだが」
もちろん意味も分からずリリーは首をかしげる。
少しだけ鼻が丸くて、そばかすのある頬へ、茶色い髪がさらりと流れた。
矯太郎はすかさずピンクの眼鏡を取り出す。
フレームは上部でレンズを支えるハーフリムという形状で、色がピンクでもあまり子供っぽくはなりすぎないデザインだ。
元々少し童顔であるリリーであればいい塩梅になるはずだ。
「あ、それ。シャーリー先輩やライフもつけているアクセサリーですよね、私気になってました」
怯える様子はなく、むしろ少しの期待感を感じた矯太郎はだんだんと息が荒くなってくる。
「まぁいいから、ちょこっとだけ、ちょこっとだけかけてみてくれ……最初は興味本位でいいんだ、少し痛いかもしれないけど慣れると良くなってくるから!」
円卓に乗り出しながらメガネを持った手を伸ばす、目は虚ろで、半開きな口からは怪しげな吐息とヨダレが今にも零れそうだ。
その異様な興奮に何か感じたのか、同席していたローランドが止めに入った。
「矯太郎さん、なんですかそのいやらしい誘い文句は……」
「チッ」
メイが居ないと思ったらこんなところに邪魔者がいたかという顔をローランドに向ける。
「別にやらしい事をしようというのではないんだ、邪魔をしないでもらえるかな、ローランド殿」
そういって睨みを効かせる。
彼にとっては一世一代の大チャンスなのだ。
「えーっ、いやらしい事ではないんですか?」
とまさかのリリーから返答がくる。
何故かちょっと不満げなのは何故なんだ。
「てっきり、シャーリー先輩もライフも、メイさんもヨツメ様のお手付きなんだとばかり……」
「とんだ誤解だ! 俺は二人とは今のところなんの関係もない! もちろんメイとは今後一切そういう行為はないぞ!」
「ふぅん、今のところ、ですかぁ」
リリーに横目でにやにやされた矯太郎は少しタジタジになってしまう。
これが恋愛経験の差だろうか?
「では、いつかはと狙っては居るのですね?」
慌てふためく矯太郎の背中に、この場に居ない筈の声が、冷ややかに投げかけられるのだった。




