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眼鏡の秘密

 矯太郎達は観光しながらライフに指定された目的地へと移動することにした。

 大通りは踏み固められた土の道。

 中心を馬車が行き来しているためか、そこだけ(わだち)が凹んでいる。

 その左右を人が歩き、彼らの視線は脇にある商店だとか、そこから軒を出している露店だとかに向けられている。

 その活気はまるで、大きなお祭りの様な迫力とワクワク感を兼ね備えていたが、現地の人間にとってはごく普通の日常風景なのだろう。


 そういった意味では、キョロキョロと興味深げに観察する矯太郎などは、どこかの田舎から出てきたお上りさんなのかと疑わしい程に不振に映っているはずだ。

 目抜き通りの角を曲がり、一本裏の道へとメイが進む。


 目新しいものが無くなったのか、ようやく矯太郎はメイへと話しかけるのだった。 

「で、俺に無理矢理お礼をしたいと言わせてまで、お前は何がしたかったんだ?」

 その質問にやはり無表情な顔を振り向かせながらメイは口を開いた。

 

「あのライフという娘ですが、慈愛に溢れた良い娘だったとは思いませんか?」


 道で倒れた怪我人を進んで介抱するような子である。

 善意と道徳に溢れた良くできた人物であることは疑いようもない。

 思い出すだけでも矯太郎は感心するように頷く。

 しかし、メイの見解はまた違ったようだ。


「つまり、付け入る隙が多いと言うことです」 

「無表情でそういう冗談を言う奴が一番怖いぞ」


 苦笑を禁じ得ない矯太郎ではあったが、メイはさも当たり前の様に語りを止めない。 

「冗談ではありません、私は本気です」

「なおさら怖いわ!」


 その突っ込みにすら全く動じる気配はない。

 こんな非道な発言を矯太郎はインプットした覚えは無かったのだが、目の前の青く揺れ動かない瞳は断固とした意思を持っているようにすら見えた。 


 このままではあの気立ての良い娘が危ないのではないかと考えた矯太郎は、メイの主電源を切るため背後に回り込んだが、首を180度回転させて睨まれる。

「その動きも怖い!」


 若干引き気味の主人にため息を落とすメイ。

 それから諭すように現状を解き始めるのだった。

「良いですか、私達はこの場所に五体満足で存在していますが、いかんせん衣食住の衣以外なにも持ち合わせていないのですよ?」

「そうか、異世界に来た嬉しさに舞い上がっていたが、よく考えてみればこれはかなりのピンチではないだろうか?」

「ええ、かなりのピンチです」


 それらを全て賄う金も、仕事すら無い。

 稼ぐにしても勝手もわからないこの世界で何をすれば良いのかすら矯太郎にはわからないでいた。


「そこで、あの娘です」

 やはり、ロボットである彼女は、人間の様に感情に流されない思考が出来るのが強みという事だろうか。

 未だどこか浮ついていて、思考が纏まらない矯太郎は、とりあえずメイの言葉を聞くことにしたようだ。


「人の良さにつけこんで、あの者の家に居候するのです」

「そういう人道的ではない考え方をプロトコルに組んだ覚えはないんだがな……」

「日々学んでおります、博士の元で」

「誤解の有る言い方をするな!」


 主人へのちょっとした悪意を散見(さんけん)させながらも、迷いなど一切見せずに角を曲がって、メイはスタスタと進んでゆく。


「というかお前、どこへ向かっているんだ?」

「ライフ様の勤める治療院ですが」

「地図も無しに?」

「ワームホールから覗いていた際に、俯瞰(ふかん)からの街をインプットしていますから」

「あっそ」


 時空の穴の前では、はしゃぐ子供の様な視線を街に向けていたように見えたメイだったが、同時進行で脳内に地図を作っていたのだろう。

 恐るべき能力である。

 実際道を間違えることもなく、治療院と書かれた看板のある場所までたどり着くことができた。


 ここまで歩いてくる時に見てきた建物とそう変わり映えはしない。

 木で枠組みを作った物に、土を塗りたくったようなものだ。

 表面が乾燥した後に、木の樹液等をニス代わりに上に塗装してあり、耐水性も兼ねているのだろうと感じられる。

 そして、木戸の横にここが店舗である事を示す看板が掛かっているわけだ。


『グリンベル治療院』


「うん? いや待てよ、なんでこれが読めるんだ?」

 矯太郎の目の前の看板は見たことの無い文字で描かれていた。

 そういえばここの人達も日本語などひとつも喋っていないが、内容は当然のように入ってきていた。


「それは私が翻訳して、博士の眼鏡を通して直接言葉をラーニングしたからです」

 

 ほんの数十分前だが、矯太郎は新開発の眼鏡をお披露目していたのは確かではある。

 メイとの互換性も持たせてはいた。

 しかし、既に使いこなしている万能メイドロボには、作者の矯太郎も頭が上がらない。


「そんな事をいつの間にやってたんだ」

「ワームホールからひり出された博士が無様(ぶざま)に建物の屋根を転がり落ち、軒でバウンドし、地面に激突してから、少し気絶している間にですかね」

「助けろよ、余裕かよ」


 いつもこんな調子なので矯太郎も怒る気さえ失せてしまう。

 話を聞くと、メイはそこで話されている会話を全て取り込み、言語として組み合わせて言葉を理解、そのデータを気絶している矯太郎の脳に直接送り込んだらしい。


「化け物め」

「いえいえ……それもこれも、博士の作ったそのメガネ型【勉強しなくてもアタマヨクナール】のお陰です」


「なんだそのクソダサい名前は! この発明品は【美少女が合法的にかけてくれる眼鏡】なんだが?」

「……犯罪の匂いしかしない名前ですね」

 普段は無表情なメイだが、こういう時だけは目を細めて胡散臭そうに矯太郎を見る。ジト目と言うやつだ。


 そんな表現などお構いなく矯太郎は顔にかかっている眼鏡に触れた。

 実際に矯太郎がつけている眼鏡は、その試作品の段階で、メイとの情報共有等を目的として作られているものだ。

 彼女が分析したデータや蓄積した知識などを、やり取りできるようになっている。


 今回の完成品はその相互性を排除したうえで、誰にでも互換性のある眼鏡に仕上がっていて、矯太郎の脳から必要な知識をアウトプットし、対象がかける事でそちらの脳へとインプットする機能に限定されている。


 メイはあくまでロボットであり、矯太郎にとっては自分の分身の様なものだが。

 いずれこの発明品を掛けてくれるであろう美少女はもちろん個人であり、矯太郎と知識や意識の相互交換をする事は倫理観に問題がある、と、流石にちょっと変わった思考の持ち主である矯太郎も思い至ったわけである。


 と、眼鏡を撫でながらニヤニヤしているところに、声が掛けられた。

「お店の前で何をやっているんですか? 早くお入りください」

 じれたライフが扉を開けて手招きしてくれていた。


 確かに店の前で何か言い合っていたらただの迷惑でしかない。

 しかし、その店へ入るのを矯太郎は少し躊躇(ためら)っていた。


 今以上の迷惑をかけてしまうのが決定しているというのに、この娘は何も知らずに慈愛に満ちた笑顔で招いてくれているのだから……。



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― 新着の感想 ―
180度振り返る首はこえぇ……。 確かに犯罪の香りしかしない商品名だなぁw
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