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49宿泊と名物

 すっかり暗くなった頃に、最寄りの村に到着した。


「では皆様、報酬の件や、その後の調査に関しては追ってギルドの方から連絡を送りますが、数日掛かってしまうので、少しこの街に滞在していただくことになりそうです」

 ラングがそう言って頭を下げる。


 矯太郎達はお互いに顔を見合わせる。

 急ぐとすれば、なるだけ早くにベルガ婆さんへと薬を持っていくくらいではあるが。

 最近、店の方はヤーゲンという男手が入ったことで、彼女自身はあまり動かずとも店が回るようになっており、実際はそこまで急を要する案件では無いのだ。


 それにまだその薬を作るという、本命の用事も残っているわけで。


「ああ、分かった。それでは数日この村へ滞在しよう」

 矯太郎は最年長の貫禄を持って返答した。


「もう暗くなっておりますが、オススメの宿などはございますか?」

 メイが一歩前に進み出て、今後の手続きを進めるようだ。


 それに対してケインハックがここぞとばかりに話し出す。

「それであれば、モンスター管理ギルドの御用達になっている宿がありますよ。私たち二人もこの後そこに泊まるのでご一緒にご案内差し上げましょう」

 そういって手を引こうとメイの手を取るが、やはりロボットメイドのメイはその場に根が張ったように動くことはなく、ケインハックは体制を崩しておたついている。

 そのままメイが手に力を入れたのだろう、地面に座り込むように押さえつけられてしまった。


「実は、宿の方にはもう人数分部屋を押さえてもらっているんです......と言っても2人増えたのは言ってませんが、奥まった所にあるので大抵は何とかなると思いますよ」

 微動だにしないメイと必死でもがくケインハックをよそに、ラングが話を進める。


「今から空いている場所を探すのも面倒だ、それに信用の裏付けが出来ている宿に泊まった方がゆっくり休めそうだしな」

 そう言ってラングへと頷き返す。


「それではもう少し僕に付いてきてください」


 一行はゾロゾロと目的地へと歩く。

 ケインハックもメイに手を握られたまま引きずられている。


 この村は大きなものではなかったが、それでも中心には大きな道が通っている。

 その道沿いには商売を生業とした店舗が軒を並べていたが、脇道に入ると民家がポツポツと並んでいる様子だった。

 もちろん大通り沿いには2階建ての宿泊施設なども存在している。


 靴砂を落とすための石段を上がり、ガラスが嵌められた大きな木の扉を構えている本格的なものだ。

 土台に当たる部分は焼き石等で固められ、木造のしっかりした板で壁が組んである。

 あれだけ立派なのだ、現代構造のように間には断熱材や防音の素材が詰められているのだろう。

 一泊するのにいくらかかるかは分からないが、こういう観光客を迎えるような施設に、そう何泊もする訳には行かない。


 そうこうするうちに、モンスター管理ギルドが見えてくる。

「こっちです」

 ラングはその手前の道を奥にはいる。


 屋台か近くの飲食店から香る香ばしい肉の焼ける匂いに、ライフ・グリンベルの腹の虫が悲鳴を上げた。

「もう少しで着きますから、そこのグリルチキンは絶品なんですよ」

 真っ赤になっている乙女の醜態に気を使いながらも、これから行く宿の期待感を持ち上げてくれる。

 実際、一日中コカトリスと接していたせいか、グリルチキンと聞いて、それ以外のものを食べたいという気持ちになるものはここにはいなかった。


 一本奥に入ったことで、表通りの喧騒が遠くなり、同時に魔法ランプの光も薄らいでゆく。

 道路は辛うじて左右に残った民家から漏れ出る灯りと、星の明かりで照らされるばかりだった。


 とはいえ不安な気持ちが湧き出る前には、ラングの明るい声が響く。

「着きました、月の木漏れ日亭です」

 そこには大衆食堂程度の大きさの店舗があった。

 月の木漏れ日という名前の由来だろうか、店舗の奥にある大きな広葉樹の隙間からチラホラと星の瞬きが見える。


 押戸を開けると、仕事帰りの職人や、楽しげな宴会をする若者の熱気が外に逃げ出してゆく。

 その熱に当てられたのか、ほんの少しテンションの上がった矯太郎達がその店へと入るのだった。


 途中で市中引き回しの刑から開放されたケインハックが、ズボンのホコリを外で払った後に、スマートに受付の方へと移動していた。


「やぁノルンちゃん、部屋は空いているかい?」

 そう言いながらも手を取り、その甲にキスをしようとしたのだろう。

 ノルンと呼ばれた店員はその手を振り上げ、ケインハックの鼻に見事なカウンターをお見舞いしていた。

「今日も素敵なバチアーノをありがとう」

 と、エプロンでその手を執拗に拭いながら返している。

 あまりにも手馴れた対応に、矯太郎たちはポカンと口を開けるしか無かった。

 ちなみにバチアーノというのは、騎士が尊敬や忠誠を示すために、屈んで手の甲にキスをするアレの名称である。


「すみません、ギルドで取り置きしている部屋をもう二つ増やせますか?」

 ラングにとっては見慣れた光景なのだろう、隣でケインハックが鼻血を必死で抑えながら、笑顔を取り繕っている事なんて気にも止めていないようだ。


「うーん、珍しく予約で埋まっちゃってるのよね......でも相部屋にだったら出来るわよ」

「そうですか、仕方ないですが、あと2名追加でセッティングお願いします」

「分かったわ......で、申し訳ないんだけどラングちゃん、お連れの方を奥の部屋へお通ししてもらっていい?」


 ノルンと呼ばれた店員は拝むようにラングへと仕事を振るが、それに笑顔で頷いてあげている。

 お得意様の中でもかなり利用が多いのか、持ちつ持たれつの関係が出来上がっているのだろう。


「では、皆さん、宿泊施設の方へ移動しましょう」

 店員に笑顔で送り出された一行は、右手の酒場の喧騒に後ろ髪を引かれながら、受付左の廊下を歩く。


 それはすぐに建物から出て中庭の様な場所にたどり着いた。

 正面から見た大きな広葉樹がそびえ立っている。


「周りにあるのが宿泊施設で、奥の建物が宿泊者専用の食事処になっているんですよ」


 大木に視線が誘導されていた矯太郎は、ラングの説明で周りに目を凝らす。

 木を取り囲むように大きな円形になっている中庭にそって、隙間なく建物がある。

 棟自体はそれぞれ独立しているようで、ロッジのようなものだと考えて貰うといいだろう。


 矯太郎だけでなく、シャーリーやリリー達も月の木漏れ日亭の演出にワクワクを隠せないようだ。

「早く食堂へ行きましょう!」

 しかしライフだけはその荘厳な雰囲気をものともせず、先程聞いたグリルチキンの事しか頭に無い様子で、案内役のラングの背中を押して前に進むのだった。


 もちろんそのグリルチキンは最高の逸品だったのは言うまでもない。

 石窯で焼くチキンは、遠赤外線でじっくりと焼かれており、皮目がパリパリであるにもかかわらず中はしっとりと肉汁をたたえているというものだった。


「こ、これは、美味しいです!」

 ライフがようやく感想を口にしたのは、三本目のもも肉にかじりついた時だった。

 それまで無言になって食べてしまう美味さだったという事だ。


「鶏を丸のまま焼いた場合、中心部分は味が薄いことが多いのですが......」

 メイの味覚センサーは今夜も完璧に働いているようだ。

 確かにこのグリルチキンは、香辛料などで味付けなどされていて、それがちゃんと中まで味が染みている。


「裏から隠し包丁を入れてあって、その間から

塩や香辛料を擦り込んでいるようだな」

 矯太郎も50代になってだいぶ食欲は落ちてきた筈なのだが、それでも手を止めさせない力があった。


「確かに。しかも肉汁を逃さない部位を的確に開いているようですね、そのような方法が......新しいレシピに加えておきましょう」

 分析された調理法をインプットするメイ。

 きっと同じ環境があれば今度はメイも手料理でこのグリルチキンに挑戦するのかもしれない。


 そんなふうに矯太郎達はやいのやいのと言いながら、名物を平らげ、夜は完全にふけていくのだった。

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