48奴隷を増やす
その熱い言葉が届いたのか、伏せていたリリーはゆっくりとその顔を上げる。
丸顔に少しそばかすのある頬。
優しそうな表情には、意思を宿した茶色い瞳が光る。
「私は命を助けて貰ったというのに、借金も恩も返す当てがないですから......その提案を受けたいと思います」
その表情は不思議と明るく、頬に赤みが差しているように見えたのは矯太郎だけだろうか?
やはり誠意というのは人間同士ちゃんと伝わるものだとホッと胸を撫で下ろす。
ずっとチャチャを入れてくるメイの様な人形には理解できない感覚なのだろう。
「シャーリーさん……いえシャーリー先輩。ご迷惑にならないようにご指導お願いします」
急にリリーは、何故か矯太郎ではなくシャーリーに頭を下げはじめた。
「良く分かんないけど、私についてくれば大丈夫よ!」
シャーリーは良く分かんないらしいが、腰に手を当てて仰け反らんばかりに胸を張っている。
矯太郎は何が何だか分からない。
「何故シャーリーが先輩になるんだ?」
とりあえずこの状況を整理したいと感じたのだろう、先程の熱意ある弁は何処へやら、慌てるように状況の把握に掛かった。
この世界の人間はやはり価値観が違うからか、話が突飛な方向に行きやすいと肌で感じていたからである。
「だってシャーリー先輩は、ヨツメ様の奴隷なのでしょう?」
一瞬空気が固まる。
「とんだ誤解だ!」
慌てふためく矯太郎の声など届いているのだろうか。
「ああ、シャーリーさん、幼いのに可哀そう」
と、リリーはシャーリーを抱きしめる。
シャーリー・アルクウォールの見た目は小学生と言われてもおかしくないが、実はリリーより年上なのだ。
「私も背が低いので幼く見られがちですが……ヨツメ様は、幼子趣味なのですね」
「とんだ誤解だ!」
矯太郎は他の女性の冷ややかな目線を感じながらも、その二人の謎の抱擁を引き剥がしにかかる。
「まてまて! まずシャーリーは依頼主であって、奴隷などではない!」
ここにいる人間も忘れているだろうが。
彼達はシャーリーが「苔の洞窟」へ行くために雇われたパーティなのだ。
奴隷どころか、矯太郎達が言う事を聞かねばならん立場であるわけだ。
......まぁ、そうやって泳がせた結果、大変な遠回りをさせられている訳だが。
脱線したので話を戻そう。
それを聞いても、リリーは首をかしげている。
「それではなぜ首輪などをさせて歩かせているのですか?」
リリーの指差す先には、ベルトを切って作った間に合のチョーカーがあった。
……うん。確かにこれを見ればそう感じてもおかしくはないなと、そこにいる誰もが思った事だろう。
「プレイの一環ですか?」
リリーがずいと詰め寄ってくる。
前かがみになったことで、ローブの隙間から豊満な胸の谷間が見え隠れした。
彼女の身長は低く、男性の殆どは上から見下ろす形になるのだから仕方がないが......。
矯太郎がとっさに顔を反らした事で、やはり気付かれてしまった様子。
「やっぱり視線ってそこに行くんですね……やましい気持ち、あるじゃないですか」
「この視線誘導は健全な男性の自然な反応でだなごにょごにょ」
52歳にもなって、娘くらいの年齢の女性に詰め寄られてしどろもどろになってしまう矯太郎。
歳だけ重ねては居るが、女性への免疫が皆無なのも彼の弱点かもしれない。
もはや顔は林檎のように真っ赤になっている。
「せ、性的な好奇心などで、君を、なんだ、助手に招くつもりは、無いんだ」
「ふーん──だったらこうしても気になりませんよね?」
リリーはそのまま飛びつくように矯太郎の首に腕を回した。
体制を整える為に咄嗟に受け止めた彼女の体は、全身がふわふわしていて気持ちよくすらある。
周りのみんなは展開についていけずに固まっていて、メイですら止めに入る事が出来なかったようだ。
その瞬間にリリーは耳元で、彼にだけ聞こえる声で囁いたのだ。
「何だか、ヨツメ様って可愛いんですね」
「!?」
ほぼ同時に矯太郎は背後に気配を感じた。
腹の辺りに力強い別の抱擁が。
そのまま持ち上げられ、弧を描くように頭から背後に落下した!
バックドロップというやつだ。
リリーはあわや道連れになりかけたが、咄嗟に矯太郎の首から手を放して難を逃れていたようだ。
砂煙上がる地面。
一瞬の静寂。
ののち怒声が響き渡る。
「メェェェエエイ! 殺す気か!」
矯太郎は頭を摩りながら転がり起きる。
日頃のメイとのやり取りが原因か、思ったよりは頑丈なようだ。
メイはブリッジ状態から足をついたまま直立に戻っていく、なかなかに気持ち悪い動きだ。
「叫び声が聞こえるという事は生きている証拠ですね」
「何故急にバックドロップされなきゃならん!」
怒り心頭な矯太郎をしり目に、不思議そうな顔のメイは自分の手をじっと見詰めながら口を開いた。
「何ででしょう? 思考回路にスパークが走ったと思ったら、背後を取っていました」
普段は死滅している表情筋だが、今日は何故か眉をひそめて本気で考え込んでいる様子を見せる。
いつもなら矯太郎が言い訳をしてもしばらくは責め苦が続くはずなのだが、今日は珍しく一発で終了したのも珍しい事だ。
なにより、理性的ではなく、衝動的な行動をロボットがするものだろうか?
などと一瞬で考察をしていた矯太郎だが、頭の痛さに思考がおぼつかない、ふらふらとその場に崩れ落ちる。
「あ、そうだった、大変大変!」
いつもの光景過ぎて若干鈍感になっているライフが、状況を把握して一足遅く駆けつけ、矯太郎の頭の怪我を治療しはじめる。
「はぁ......結局何だったんだこの会話は」
50代相応の疲れた溜息を落としつつ、暴走気味の展開に頭を抱える科学者。
白髪も若干増えたような気がしてしまう。
「結局どうすればいいんだ」
そこに静観を決め込んでいたローランドが提案してくる。
「僕であれば借金を返すまであなたの元で働けますが?」
金髪に整った顔、騎士道精神を絵にしたように真っ直ぐと伸びた姿勢と、視線から誠実な男なのは間違いない。
「男は要らん」
矯太郎がきっぱりと断った事で、やはり性的な目で人員を選んでいるのではないかという疑問が再燃するのだが。
暗い夜道、街まで帰るにはまぁ盛り上がる話題になったのではなかろうか。




